ML-POWDER 2004年スキー活動記録
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ビーコン練習  *田宮、縣(直、や)、堀、勝又、長谷部
日時:12月21日
場所:乗鞍高原温泉スキー場三本滝レスハウス前
参加者:縣*2、堀、勝又、長谷部、田宮
9時から3時間券で一すべりした後レストハウス前に集合
(1)山行開始時のビーコン動作チェック(シーケンス)2回
(2)ビーコン一つ埋め状態での捜索練習、各自一回
(3)ビーコン二つ埋め状態でのグループ捜索練習、3回
(4)(1)〜(3)の合間にゾンデ突き刺しシミュレーション
(5)救出後の埋没者の対処法を確認(低体温症の際の)
あっという間に2時間近く楽しみました。周りのスキーヤーの視線が痛かった。オルトボックスF1、X1?(アナデジ混載、長谷部保有)、トラッカーで基本的に差はなし。ようは各自が自分が持つ機械の操作方法を熟知する事が大切。使いたくないけど、使う事に遭遇したら、練習を思い出したい。
1.神室山地 翁山  田宮、縣(直、や)、*堀、勝又
年末・年始はバタバタと何やら分からないうちに終わった。少雪、盗難、怪我した足の不調と良くないことが多く、山への集中力が欠けたが、ストーブのある山小屋で年を越すことができたことは良かった。
日程 : 2003年12月31日〜2004年1月1日・1泊2日
山名 : 神室山地・翁山
参加者 : 田宮、縣直・や、堀、勝又
ルート
 高橋集落〜林道〜翁山小屋〜翁山・往復
行程
12/30
山行前日、新庄で田宮組と合流。先着していた堀組の偵察では候補に上がっていた翁山・杢蔵山の雪は非常に少なく、入山点では林道を辛うじてスキーで歩ける程度。どちらも小屋までは林道が入っているので、スキーでの入山は可能だが、そこから山頂までが問題。どちらの山も状況は同じと見て、鉄魚の沼があるという単純な理由で翁山に決定。尾花沢に戻り、買い出しをする。各種野菜、豚舌、スルメ、、、買いすぎ??? 買い出し後、近くにある銀山温泉へ。古くからある温泉らしく、大正・明治時代の木造高層建築がこじんまりと建ち並ぶ、雰囲気の良い温泉街。その中の公共浴場で湯に浸かっている数十分の間に脱衣所に置いていた、堀のバッグが盗まれる。携帯電話と車の鍵は無事だったので、すぐにカード関係すべてをストップし、最寄りの警察へ被害届を出した。
  12/31:高橋集落〜林道〜翁山小屋
高橋集落の林道入口から林道をスキーで歩き始める。雪が少なく、周りの斜面には土が出ている。暖かく、春みたいだ。フキノトウも同じように感じているらしく、春と勘違いして顔を出している。フキノトウを摘みながらしばらく林道を進むと、少しずつ雪が増え、小屋に近づく頃には、林道外を歩けるようになった。途中にある胡桃平には沼があり、ここにも鉄魚がいる模様。沼で羽を休めていた水鳥が一斉に飛び立つ。羽音を響かせながら上空を旋回する水鳥の群れをしばし眺めた。山行のポイントとなる小屋に到着。よかった、ストーブがあった。でも、何だか小屋全体が歪んで見える。入ってみると、やはり床など全てが傾いている。ストーブの動作確認をしてみると、煙突に穴が開いているので、空缶の蓋と針金で補修する。そうしているうちにストーブの火が大きくなり、暖かくなってきた。「荒れてはいるが、まだまだ使えそうな小屋」。楽しい年越しができそうだ。時間があるので、周辺で散策した後、宴の準備を開始。メインは田宮さんが持ってきてくれた丸ごと1本の鱈。薪ストーブを囲んでの鱈汁は格別。
  1/1:小屋〜翁山往復〜林道〜高橋集落
買いすぎと思っていた食材の残りを雑炊で平らげたあと、翁山へ。雲の流れが速く、稜線は風が強そうだが、時々青空が見えては日が射すなかを針葉樹林からブナ林、潅木帯を登り山頂。展望が良く、朝日、月山、神室、虎毛、栗駒、船形と360度のパノラマを楽しんだあと、魚取沼に向かって南に延びる尾根の様子を見てみる。地形図上では快適そうだが、行ってみると潅木帯でスキーにならず。部分的には滑って下りられそうな尾根が見えるが、深入りすると時間切れになりそうなので、小屋に戻ることにする。登ってきた尾根は風が強く、雪質が安定していなかったので、南側2本目の尾根に入る。上部は潅木がうるさく、薮漕ぎ。しばらく下ると適度な樹間のブナ林となり、小屋のある台地まであっという間に滑り降りた。小屋で休憩後、荷物を持って往路の林道を戻る。林道は始めアップダウンがあり、鱗板の田宮さんは快適そうだ。その他シール組はシールを貼ったり剥がしたり、林道は傾斜があり、シールを外すとスピードが出過ぎ、泊り荷物もあって膝にくる。
  ●気をつけよう。温泉での盗難。
   被害が多いと良く張り紙がしてあるが、このことは本当である。新しい施設であれば、鍵付きのロッカーが設置されているが、我々が行く温泉には鍵がない場合が多い。今回も脱衣棚には鍵がなかった為、警戒して衣類にバックを包んでおいたが、効果がなかった(狙われていた?)。対策はただ1つ。「不要なものは車に置いて行く。」では、車に置いた物は大丈夫か?車に置く場合も見えない場所にしまっておいた方が良いだろう、、、考え始めたらきりがないが、このように必要な分の現金のみをお風呂に持って行くしかない。なぜこんなことに神経を使わなければならないのか。まったく、いやな世の中だ。
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2.栗駒山  *田宮、縣(直、や)
パートIの翁山下山後、鳴子温泉で、縣(直)、勝又の大先輩が掘った湯につかる。気持ちよし。ここから栗駒方向へ移動中に見つけた栗原鉄道(私鉄)の鶯沢駅で泊。ここでML:POWDER始まって以来のお巡りさん出動劇を演じてしまった。街中の鄙びた無人駅、大きさも手ごろ。20:30、駅舎脇に車を停めて眠る準備。21:00には蛍光灯が自動に消えた。ベストな宿泊場所だったのだが、、、。寝入ったかと思ったらおっさんの東北弁で目が覚める。聞き耳を立ててると、”三名床にシートをしき、寝袋で寝ています””車は駅舎脇に停車、相模ナンバーと八王子ナンバーです”などと聞こえる。しょうがなく、寝袋から顔を出す。いろいろ聞かれた上”一応、身分証明書を見せてくれるかな?”と言われてしまった。縣(直)と田宮が対応。やよいさんは寝袋から顔も出さない。”ここは、おらが所有でないから、出でけとは言わんけど、、、””風邪引くなよ”、”山登り装備は大丈夫か”、”登山届けだせ”と基本は終始おだやなトーン。東北弁が漫才のように聞こえ笑いをこらえるのが大変だった。鶯沢町のお回りさんには正月早々、迷惑を掛けしまった。
日時 1月2日
時間 8:30いこいの村、12:30栗駒山(須川岳)山頂 14:30いこいの村
参加者 縣*2、田宮
コース いこいの村→イワカガミ平→新湯沢左岸→栗駒山(須川岳)→新湯沢左岸→イワカガミ平
→いこいの村
前夜のお回りさん効果で、朝は始発前の6:00に起床。堀*勝又と別れていこいの村を目指し小一時間ドライブ。街には雪がなく、あきらめかけたが、標高850mのいこいの村につくと行けそうな雰囲気。ブッシュが埋まってないのはわかってはいたが、なんとかいい斜面を拾えるだろうと思い込んで出かけた。イワカガミ平までは林道沿いに進む。素晴らしいブナ林。ただ、林間滑降するには雪が足りない。イワカガミ平の非難小屋、ニセコアンヌプリの小屋に似るで一休みして、東栗駒の肩を目指して進む。ブッシュがうるさいので、よけながらじぐざくに進む。僕は94年5月に同じ斜面を滑っているが、その時ここは一面の雪だった。肩にでて、栗駒山に続く斜面へは鞍部までシールのまま少し下る。栗駒山への250mの登りはガスの中、先行者が残したデポ旗を頼りに進む。山頂はまったく視界なし。祠らしき、看板らしきは、えびの尻尾で覆われモンスターと化していた。山頂から笊森方向を覗いてはみたが見えるはずがなかった。休憩を早々に切り上げ下り始める、大斜面をデポ旗を見逃さないようそろそろと、でも楽しく滑る。平衡感覚がなく、浮遊しているような気分。新板*靴のやよいさんからは、ショートターンが決まって、嬌声が飛び出していた。来てよかった。東栗駒の肩からはブッシュとの戦い。イラク国民の思いを代弁して時々、ぶち抜き進む。意外に楽しい。イワカガミ平から下は、気持ちよく林道を滑った。下山後、堀*勝又と連絡を取り、くりこま荘の湯につかる。ここで作戦会議。雪がすくなく、これ以上残って滑るモチベーションは失せた。だとしたら、色気より食い気コースだ。長谷部君ご用達の仙台の牛たん屋に行く。少しの待ちで店に入れた。なるほど、うまかった。我々が店を出た頃には待ち人の列がながーくなってた。
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3.栗駒 世界谷地 *堀、勝又
日程 : 1月2日・日帰り
山名 : 栗駒高原・世界谷地
参加者 : 堀、勝又
ルート : 耕英〜世界谷地・往復
行程
 堀の膝の状態が今一つなので、大事をとって栗駒滑降を諦める。代わりに周辺の偵察を兼ねた世界谷地の散策に行く。耕英の除雪終了から登山口まで車道を歩き、登山道沿いを世界谷地へ。 湿原は大地森と揚石山(あぐろしやま)の間の大地に点在しており、 第一・第二湿原と、大きく2つに別れている。雪原と化した湿原からは 天気が良ければ、栗駒山、大地森などが見渡せそう。今回は残念ながら、大地森の山頂も見えない天気だったが、この周辺からブナ林を繋いで栗駒山に登り、さらに須川・湯浜・温湯など北面から南西面一帯を鱗板で遊べたら、充実した山スキーになるだろう。 
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4.佐渡山・黒姫山  田宮、縣(直、や)、*長谷部
ついに、憧れのブナ林滑降を体験できました。あまりの気持ち良さと、目の前の雪に目がくらみ、テレマークのことはすっかり忘れて滑ってました。
日時:1月10日
場所:佐渡山
メンバー:田宮、縣X2、長谷部
ルート:大橋〜山頂〜南西斜面滑降〜登り返し〜大橋
沢が埋まりきっておらず、すぐには取り付きたい尾根に行けない。足元に水の流れを聞きながら沢を越え、尾根に取り付く。山頂に辿り着く頃には風雪が強まってきた。登ってきた尾根を少し下ってから、南西面のブナの疎林を滑降。ターン方法にはこだわらず、とにかく目の前の雪を楽しむ。藪も少なく、広い斜面を4人で思い思いに食い散らかした。ヤブが濃くなるあたりで、滑降をやめ、登り返す。登り返しに使った斜面がおいしそうに見えた。稜線で休憩中に田宮さんがゾンデを雪に突き刺し、積雪量を確認。1.5m〜2.0m程度の積雪だった。あとは登ってきたトレース沿いに藪の中を滑り、下山。
日時:1月11日
場所:黒姫山
メンバー:田宮、縣X2、長谷部
ルート:大橋(8:30)〜夏道沿いの尾根〜稜線(1998付近, 12:30)〜南西面滑降(13:00)〜大橋(14:30)
前夜の前線の通過で意外と雪が降ったらしく、前日のトレースはすっかり消えていた。大橋から取りつきまで、先行した掘さんと勝又さんのトレースを使わせてもらった。1485付近から夏道沿いに登り始めるが、
尾根上は強風にたたかれて所々アイスバーン。1893の尾根と合流するあたりからは吹き溜まりのラッセルとなった。途中、一部開けた斜面があり、やや不安。縣さん、田宮さんがハンドテストをしたところ、肘程度の力で取れる弱層があったとのこと。稜線で一息入れた後、滑降開始。登ってきた夏道の尾根の南側を下る。
疎林の中、膝〜膝上程度の締まり気味のパウダーが続く。アルペンでもなく、テレマークでもない、奇妙なターンで重力に任せて落ちてゆくのを楽しんだ。樹林の中にチラチラと舞い降りてくる雪が綺麗だった。
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5.佐渡山  *堀、勝又
クロカン系テレマーク?の1本目は佐渡山。
大ダルミ経由で、まだ行ったことのなかった佐渡山北西尾根に行ってみた。セミダブルキャンバー+短革靴は歩行感覚が軽く、気持ちも軽やか。しかし、粉雪滑降となると、、、、かなり手強い。
日程:1月11日
天候:小雪+強風 弱い冬型
場所:佐渡山
メンバー:堀、勝又
ルート:大橋〜大ダルミ〜北西尾根〜佐渡山〜佐渡山のコル〜大橋
概要
佐渡山周辺は過去に思い出す限りでは最も雪が少ない。山域北面は季節風の影響で時々強い風が吹くが、雪は小降りで視界は良好。大ダルミからブナ自然林・2次林を抜け、佐渡山の北側に回り込むと笹ヶ峰−黒姫を結ぶものと思われる地形図にはない林道に出て、カラマツ植林となる。この林道をしばらく歩き、佐渡山の北西尾根から山頂へ。風の強い稜線をしばらく我慢して、佐渡山のコル経由で林道に出た。南〜東斜面は日射もなく、雪質は良好だったが、今回の道具だと、吹きだまりに突入するたびにブレーキが掛かり、思ったようにターンが続かない。テレマークを初めたばかりの頃にすっかりと戻ってしまった感じ。粉雪を自由に滑れるようになったのは、道具のおかげであり、スキーがうまくなったのではないことに気づかされた思いだった。もちろん、粉雪には粉雪に合った滑りやすい道具があるわけだから、その道具を使えば良いのだが、「テレマークの原点」を探るのと、滑りの幅を広げる意味で、ゲレンデで細板+短靴の練習をしてみようと思う。山は、、、? やっぱり楽しく滑りたいし、、、迷う。
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6.志賀・大沼池〜赤石山  *堀、勝又
クロカン系テレマークの第2弾。
大沼池周辺のクロカン+αのつもりだったので、詳しい計画書なしで行ってしまったが、結果的には深入りし過ぎて、ちょっとやばい山行になってしまった。(反省)計画にない赤石山に行った点を反省し、可能性のあるルートを発信した上でその範囲内で行動します。
日程:1月12日
天候:快晴 無風 移動性高気圧
場所:志賀・大沼池〜赤石山
メンバー:堀、勝又
ルート: 平隠〜林道〜大沼池〜赤石山〜寺小屋山〜南西尾根〜林道〜平隠
概要
朝、志賀高原の気温は−13℃。さすが、内陸2000m級樹林帯の山。寒い!そのせいか、林道は今までに見た中で一番の雪。結晶のきれいにそろった雪がふんわりと積み重なり、まるで綿毛のようだ。周りはスキー場で囲まれたいるが、この地帯だけ?はそんなことを感じさせない。そんな林道を大沼池まで約2時間。大沼池はもちろん完全凍結。雪原と化している。雪原の真ん中から見る志賀山はどうにかスキーができそうだが、行ったとしても、次の山行への繋がりが乏しい。それに対し、赤石山山頂に立てば、魚野川、ガラン沢周辺の山域が見渡せる。ここで、第1の判断ミス。色気が出て赤石山に行ってみることになる。
赤石山の稜線までは約200。始めの100はシール登高では限界の藪濃度。針葉樹の藪を掻き分けること約2時間、やっと赤石山山頂に立つ。快晴で透明度がよく、周辺の山々だけでなく、北アルプスの端から端まで、頸城、苗場山、越後などなど、展望が素晴らしい。
さて、下山。登ってきたルートは「絶対に」スキーでは降りたくない。いや「不可能」だ。キックターンを駆使しても降れないだろう。そうなると寺小屋山まで行き、行きに見えた斜面を下るか、スキー場へ下るか。15時までに寺小屋山に着かなかったら、スキー場へ下りことに決めて出発。稜線はウロコ板も手伝ってスムーズに進むが、寺小屋山着15時を少し回る。尾根をスキー場が見えるところまで滑り、スキー場へ下るか否かの分岐点。スキー場を滑るスキーヤー、コース外のゲレンデスキーヤーのトレースを見て、、、「我々は山スキーヤー。ここまで来てスキー場を降るのは悔しい。」ここで、第2の判断ミス。登りで滑れると判断した尾根に向かう。
しかし、尾根の降りは地形を読むのが難しい。針葉樹の中は何故か雪面が凸凹、それに日射による極悪クラストが加わり、ターンどころか、なかなか高度を落とせない。日没ぎりぎりで横湯川に降り着き、薄暗い中を林道のトレースまで登り返した。ここからは林道のトレースを辿るだけで危険な箇所はないので、LEDランプのみで歩行。初のヘッ電スキーとなってしまった。

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7.平標山  田宮、縣(直、や)、*長谷部
昨年、スキーで行く機会の無かった平標に登頂。いい天気で気持ちよく、南東斜面の一本が鮮烈だった1日でした。ちなみに1月になってから2本目の南岸低気圧通過した今日、平標から見えた浅間は真っ白でした。
日時:2004年1月18日
場所:平標山
メンバー:田宮さん、縣さん、長谷部
ルート:火打峠近くの小学校(9:00)〜平標山頂(11:30)〜南東斜面滑降(登り返し)〜西斜面滑降〜小学校(14:30)
南岸低気圧通過後の気圧の尾根の通過中で快晴、無風。春のような陽気のなか、山頂へ。雪が少なく、下部はヤブヤブ、上部はスカスカ。山頂からは360度の展望で、素晴らしい眺めで大満足。平標山頂、西ゼン、仙ノ倉はブッシュが頭を出していた。南東斜面はパウダーともザラメとも言えない雪で、極上。板がスイスイ走り、ターンがしやすく気持ちよい。朝、山頂がガスに包まれていたおかげで、いい雪が保存されていた?
「頭おかしくなりそ〜〜〜」と滑っていく田宮さん。皆で興奮。西斜面は最上部はいい雪だったが、すぐにどっしりと重たい雪。日当たりのよい、ズブズブオープンバーンが続いて一苦労した。下部のヤブ地帯はいい雪に戻ったが、濃いヤブで降りるだけ。林道の終了点に到着するとサルの群れがお出迎え。モコモコの子ザルの可愛いのなんの。今年の干支のサルに出会えて良い締めになった。
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8.尾瀬・西山  *堀、勝又
今回は尾瀬の偵察を兼ねて、西山から武尊田代周辺のブナ林と湿原を歩いてきました。笠ヶ岳から至仏山は特に真っ白。厳冬期のムジナ沢(北東面)はきっと素晴らしいパウダーバーンだろう。鳩待峠付近にBCを張って、笠ヶ岳から至仏山の東面を滑りまくれたら、、、。いかん、いかん、抑えて、抑えて。
日程 : 1月18日・日帰り
メンバー : 堀、勝又
山名 : 尾瀬・西山
ルート : 尾瀬岩鞍スキー場・ゴンドラ終点〜西山〜田代湿原〜江戸沢〜尾瀬岩鞍スキー場
概要
 尾瀬岩鞍ゴンドラ(片道1000)終点から、西山山頂まで約200。 時々見える谷川〜越後、尾瀬の山々。この中では越後・柄沢山と至仏山が際立って白い。常緑針葉樹の山頂まで来るとスキー場の音が消え、静かになる。 南西に延びる尾根に滑り込み、花咲湿原まで粉雪を楽しんだあと、ブナの木々の中を田代湿原へ。風がなく、暖かいので真っ白な至仏山方面を眺めながらのコーヒータイム。
武尊田代の広ーい尾根を突っ切り、江戸沢へ滑り込む。ここは南面の為、板に雪が付いて滑りが悪い。NOT-waxもほとんど効果がない(鱗板にもアイロンワックスをかけたい。)見覚えのあるブナの立ち枯れが何本もある中を江戸沢沿いのに下り、滑らない板を利用してスキー場の下部に登り返した。この西側のエリアは確か、スキーバブル後半に増設された部分。ゲレンデとゲレンデの間に僅かに残ったブナ林とそこから見える武尊田代。ゲレンデのすぐ近くにあんなに素晴らしい森が、というよりもあんなに素晴らしい森がこんなことに、、、そう目に映った。
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9.神奈山  田宮、*長谷部
週末、天気が良かったのは土曜の午前のみでした。
好天の中、神奈山のブナ林を楽しむことができました。
日時: 2004年1月24日
場所: 神奈山
メンバー: 田宮さん、長谷部
ルート: 妙高山麓国民休暇村駐車場〜藤倉尾根(1,550程度迄) 往復
前日までの強い冬型により大量の降雪があったが、土曜は晴れ。四国沖に弱い南岸低気圧が発生した影響?駐車場から林道に向かうところで早くもラッセル開始。沢にかかる橋を越え、すぐに尾根に取り付く。
藪の中、急斜面をラッセルしながら登っていく。藪の背は低く、日当たり良好の斜面はあっというまに湿雪と化し、真冬に汗だくのアルバイトを強いられる。藪滑降を恐れながら登っていき、藤倉山の主尾根に辿り付くと、そこには素晴らしいブナ林が広がっていた。枝の隙間から日が差し込み、時折、枝からサラサラと粉雪が散り落ち、幻想的な風景だった。膝から股程度の深さのラッセルを5時間続け、関温泉スキー場の尾根と藤倉尾根の合わさる急登の手前(1,550付近)で終了。山頂を確認し、休憩しているうちに天候は雪に変わる。
いよいよ、パウダーの斜面に向かって滑降開始。...しかし、進まない!急斜面以外は登りのトレースで勢いをつけてから、2〜3ターンしてはラッセルしてトレースに戻って勢いつけて...の繰り返し。でも、稜線直下の急斜面とブナ林では、パウダーごっつぁん。巻き上がるパウダーに全身包まれて、悦。
残り150mの最後の尾根の選択が悩ましい。登ってきた尾根は藪、藤倉山側の尾根も藪。今回は藪が薄めの谷を選択して滑り込むしかし、進むにつれ、両岸が切り立ち、少しイヤな感じ。沢に開いている穴を覗き込むと闇しか見えない。小さなゴルジュになっているのかも、と田宮さん。そんなこんなで林道到着、少し登り返して駐車場へ到着。この頃には雪が強くなってきて、視界も無くなってきた。運良く天気に恵まれた1日だった。
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10.金山岳  *田宮、長谷部
日時:2004年1月31日 8:30〜16:30
活動:金山岳(十石山の隣)を平湯温泉スキー場から往復
参加者:長谷部、田宮
堀米君の”おらが山?”山域に出かけてみた。結果は??
美しいものには棘があるではないが、美味しいパウダーには藪がある?って山だった。ここに3度出けた堀米君が超人としか思えない。
8:30、リフト一本を使い1700Mまで行き、そこから2532Mの金山岳を目指す。シラビソ、コメツガの林を進む。途中までは古いトレースがあった。その内、その内と進むも、いつまでも開けない。密林に阻まれモンキーラッセルになるところもでてくる。行き詰まる度に尾根を一本外したのでは?心配になるが、何度地図を見ても間違っているように思えない。そのはず、間違ってなかった。雪が深く、藪を避けて右往左往したので、山頂まで4時間半もかかってしまった。疲れた。ただ、疲れを癒す山頂からの景色があった。そう、ここは滑りでなく、眺望を楽しむ山だったのだ。穂高、焼けも美しかったが、三俣蓮華、抜戸、笠のラインが最も美しかった。
13:30、下りの苦戦が予想されるので、休憩を早々に切り上げ滑降に移る。実は、山頂直下と途中に二箇所ほど、広い斜面があり、ここだけはいつもの絶叫滑り。続けてすべっていけない悔しさが、、、。下りも途中でシールをつけたupdownがあり、これまた3時間もかかってしまったが、この間、先の絶景が見え続けていた事が救いだった。
帰って白山書房の山スキールート図集を見直してみると、今日のルートがしっかり載っていた。実は、玄人好みのクラッシックルートなんですよ、ここは。長谷部君、付き合ってくれてありがとう。下山後はもう行きたくないと思ったが、終わってみると、また行きたくなる。病気かな。チャンスがあったら、山頂から安房峠へのラインを滑ってみたい。藪ではないが、急斜面。誰か付き合わない?
下山後、松本で縣直、堀、勝又と合流。十字路で作戦会議。明日、どここに行きたいかの問いに長谷部、田宮とも滑れるところ!と答えた。堀君の答えも同じだった。
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11.頚城駒ヶ岳  *堀(単独)
週末は日曜日だけの予定だったが、移動高に耐え切れず、土曜日も山に行くことにした。
昨年から行きたいと思っていた頚城駒ヶ岳への偵察を兼ね、十一面カネコロを見に行った。
日程 : 1月31日・日帰り
メンバー : 堀(単独)
山名 : 頚城駒ヶ岳
ルート : 山寺〜障子ビシ往復
概要
 前夜は出発が遅くなり、白馬に着いたのは2時。糸魚川にたどり着く ことができず、いつもの場所で車泊。 翌朝、6時に一度起きるも、山はガスの中で朝焼けの白馬は見られず。そのまま二度寝したしまい、7時過ぎにやっと目が覚める。糸魚川に移動し、スキー場の駐車場に車を停めて山寺に向かう。途中から雪道となり、スキーを履くが、ストックを車に忘れたきたことに気付き、結局、入山は9時近くになってしまう。
ルートを探りながら林道を少し歩き、雪に埋った畑に出ると、ガスに見え隠れする駒ヶ岳が見え始める。ここから、ガイドに載っていた尾根を見てみると密な植林でスキーは不可能に見えたので、滑降予定の夏道沿いにルートをとる。ここで、後ろから来た2名パーティーに出会う。こんな山にスキーに来る人がいるとは。話してみると、カネコロを登りに行くとのこと。ここからは3人でラッセルを交代しながら進み、急斜面の手前まで来る。2名はここでスノーシューに履き替えようと相談していたが、急斜面をシール登高する私を見て、気が変わった模様。同ルートを一緒に登るが、彼らは泊まり用具+登攀具で荷が重い為、障子ビシ下の台地まで、急斜面を先頭でラッセルすることになる。
台地まで登り詰めると、高さ100mの氷柱・十一面カネコロが目の前に迫る。休憩しながら、「よくあんな氷を登れますね」という問いかけに対し、「よくあんな急斜面を滑れますね」と。時間的に山頂に届かないのと、30cmくらい下に弱層がある為、登頂は諦める。テン場を探す彼らと別れて、少し上の逆三角急斜面を偵察しに 少し登る。山頂に登る唯一の弱点であるが、岩壁に囲まれた嫌な感じの斜面。岩からチリ雪崩が落ちてきたと思ったら、これをきっかけに目の前の斜面で表層雪崩が発生した。やはり、今日は条件が悪い。偵察は十分にできたので、先ほどよりも高い位置からカネコロを眺め、一服したあと、不快と予想される滑降を開始。
薮滑降から湿雪急斜面、そしてまた薮滑降。足がパンプして振り返ると、青空をバックに黒い岩と白い雪の中、一筋の青い氷。今日はカネコロを間近に見られただけで大満足だった。
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12.小日向山  *堀、田宮、長谷部、縣(直)、勝又、菊池哲男さん、他5名
日曜日は静かな小日向山に、、、のはずが、、、予想外の展開となり、賑やかな撮影山行となりました。
日程 : 2月1日・日帰り
メンバー : 田宮、長谷部、縣(直)、勝又、堀、菊池哲男さん、他5名
山名 : 小日向山
ルート : 二股〜南股入林道〜南尾根〜山頂〜北面〜猿倉〜二股
概要
 前夜、松本で金山に行っていた田宮、長谷部、東京から電車で来た縣、勝又と合流。晴天が予想される為、景色が良く、北面を滑ることのできる小日向山に決定。
朝、二股でいつものとおり、滑り系の極太板の方々が車をデポしに来る中、入山の準備をしていると、ここで、予想外の展開。滑って書ける山岳写真家菊池さんが登場。話をしてみると、他5名と小日向山に撮影山行に行くとのこと。菊池さんの提案で我々もこの撮影山行に同行することになり、総勢11名、賑やかな撮影山行が始まった。
天候が良く、景色と会話を楽しみながら、山頂までのんびりと登る。今年も来たぞ小日向山。山頂からの展望は何度来ても素晴らしい。プロカメラマンによる記念撮影のあと、菊池さんとの打ち合わせ。北面上部はウインドクラストしているが、少し下れば粉雪になるだろうとの予測で、撮影に適した北面から猿倉へのルートを滑降することになったが、予想外に何処まで滑っても粉雪にはならず。雪の予測は難しい、、、。 雪質の良さそうな地形を探っては、撮影滑降を繰返すが、雪質が良いと思ったら、小さな地形の変化でまたウインドクラストになり、撮影している菊池さん以外は皆、大転倒を繰返す。しかし、さすがは菊池さん、慎重に滑っているとはいえ、全く転倒しない。それと何よりも撮影が優先。良い斜面を滑らずに、撮影ポイントへ回り込み、その良い斜面に飛び込んでは大転倒する我々を撮影している。雪質はさて置き、素晴らしいロケーションの中での撮影滑降を終え、猿倉台地のブナ林から中山沢の橋に滑り下りた。途中、興奮のあまり、堀が鼻血を出すは(滑降中、木の枝を払ったら、鼻の穴に枝が引っ掛かった)。橋の手前では縣くんが突然、雪の中に消える。見ると、ぽっかりと開いたクレバスに落ちて、頭の先だけが雪面から出ている。幸い怪我はなく、板を脱いで脱出。何とも賑やかな山行だった。
下山後、菊池さんの計らいで、豪華ホテルでの風呂と飲み物をごちそうになる。我々にとっては、こんなことでもないと一生、知り得なかっただろう豪華ホテルにカルチャーショックを受けたあと、いつものようにグリンデルで山行を思い返しながら、ベーコンステーキとチーズハンバーグで腹一杯になるまで食った。我々にとっては高級ホテルのコース料理よりも、駅寝→山スキー→温泉→満腹系定食というスペシャルコースの方が向いていると実感した。
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13.黒姫山 東尾根  *縣、田宮、堀、勝又、その他大勢
久しぶりのラッセル&パウダーでした。ちょっと降り過ぎ、、、。でも満足です。
日程:2004年2月7日 日帰り
参加者:堀、勝又、田宮、縣、その他大勢
ルート:黒姫山・スキー場上部〜山頂下トラバース〜東尾根〜スキー場
9時すぎ、4人合流してリフト2本目の動くのを待つ。2本目からは10人ぐらいのパーティーとラッセル交代しながら登る。雪が多くて全然進まない。50−60センチぐらい降ったのか場所によって腰までもぐる。後ろで待っていると暇なので話をすると、天満君が去年同行していた山岳会でした。70歳の長老が深雪ラッセルをし続け、おばば軍団が積極的にラッセルする姿勢が印象的な会の人たちでした。(時に上でなく下に向かってしまってましたが、、)そのうちツアーらしき15人パーティーもあらわれて、ニセコ状態になってきた。ラッセルの出番が減ってしまって寒いので、山頂へ向かうツアー集団と分かれて4人で西へトラバースすることにした。
雪漕ぎで満足し、息があがって後悔しつつ3本ほど沢を超え、2時ごろ下り始める。
当初はスキー場の西にある尾根を行くつもりだったが、地形がわかりにくくて夏道のある東尾根に入った。
下りのは雪が深く、スキーが潜ってゆっくり下っていけた。こういうときファットだといいのでしょうね、天満君。こんど貸してください。急斜面をしばらくいくといい感じのブナ林が出てきて、ほっとする。ヤブをこえて唐松林が出てくると一息つく。滑りが楽しくて休むの忘れてた。底がしまってきてスキー場方面左におりると林道につき、平地をクロカンして終了。
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14.五地蔵山(BS 下書き)  *堀、田宮、縣、田宮
黒姫山の大ラッセルの翌日の日曜日は、もう少し雪の少ない山ということで、霊仙寺山に行く予定でしたが、予想外の好天に、行き先を五地蔵山に変更。これが大当たりでした。
日程 : 2月8日・日帰り
参加者 : 堀、勝又、田宮、縣
山名 : 五地蔵山
ルート : 大橋〜山頂〜南東面??沢〜戸隠牧場
戸隠高原から五地蔵山の南東面を見ると、戸隠牧場へ向かって落ちる真っ白な沢が目に入る。一見、滑降不可能に思える白く切り立った斜面だが、地形図では程よい等高線が戸隠牧場に向かって続いている。
チャンスがあれば滑ってみたいと思っていたが、過去3回の山行は何れも氷沢川側からの北面往復ルートだったため、いつしか記憶の隅に追いやられていた。
前日の黒姫山東尾根が、あまりに深いラッセルだったので、少し雪の少なそうな霊仙寺山に行く予定で、前夜は飯綱リゾートスキー場で車中泊していたいた。朝、目が覚めると、霊仙寺山の薮斜面が朝日に照らされて、雪化粧した木々が美しい模様を作っている。しかし、その美しさにはスキーヤーのモチベーションを上げる効果はなく、我々を大橋に向かわせる。
大橋に着くと、黒姫山、佐渡山方面へ向かう山スキーヤーで賑わっていたが、我々はスキーヤーが足を向けることの少ない五地蔵山に向かう。五地蔵山へは過去に3回(1999年3月佐藤、2000年2月堀米、2002年1月田宮)、氷沢川ベースに北面を滑ったことはあったので、大橋から単純に往復または北面滑降から佐渡山鞍部経由で大橋に戻る予定で、大橋を出発する。
佐渡山方面に向かうトレースがすでにあったので、これを使わせてもらい、1533Pに向かう尾根に取付く。ラッセルは膝くらいで、伐採地からブナ林へと順調に高度を稼ぐ。ガスの間から漏れる春を思わせる日差しに、いい汗をかきながら、4人交代で気持ちの良いラッセルが続く。ラッセルはこのくらいの人数がちょうどいい。尾根が狭くなり、傾斜が増し始めるあたりで、雪庇の切れ間から下を覗くと、真っ白な斜面が広がっているのが見える。日射の影響を考えると、北面を滑る方が無難だが、この斜面を見てしまっては飛び込まずにはいられない。地形図にある岩記号の部分が高さ5mほどの雪壁になっているので、沢に入れそうな場所を探しながら登っていると、山頂まであと100mという場所に難なく滑り込めそうな雪庇の切れ間を確認できた。黒姫山、妙高山、火打山、焼山とスキー向きの山々がずらりと並ぶ展望から、山頂が間近に迫ると目の前に高妻山が目の前に現れる。この山は展望の山だ。高妻山をバックに記念撮影したあと、いよいよ滑降である。
雪の状態を確認する為、南東面を少し滑ってみると、意外にも最高の雪質。そのまま下ってしまいたくなるが、沢が狭くなる手前で登路の尾根に戻り、先ほど確認しておいた場所まで少し下る。入口は少し嫌な感じのする急斜面さえ抜ければ、そこから先は両壁からの雪崩の心配はなさそう。ピットを掘ってみると60cmくらい下に弱層があるが、かなりしっかり結合している。念のためにスキーカットをして、雪面が安定していることを確認してから、白い斜面に飛び込む。4人前後しながら滑り、立ち止まるたびに夢中でカメラのシャッターを切っていたら、すぐにフィルム1本を撮りきってしまう。傾斜の緩い樹林から戸隠牧場に飛び出だし、牧場の真ん中で斜面に刻まれたシュプールを眺める。尾根からの標高差は僅か500m足らず、時間にして20分も掛からなかったかもしれない。ただ、別の時間軸にいたような不思議な余韻の中に1ターン1ターンがしっかりと脳裏に刻まれている。とても短く、とても長い滑降。これこそが滑降系山スキーの面白さだろう。
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15.草津白根(縣*2とミニ集中)  *田宮、長谷部
14日、日本海側は午前早くに天気がだめになるだろうと思い、草津に変更。この判断は大外れ。天気の読みは奥深い。
日時:2004年2月14日
活動:逢の峰〜湯釜〜白根山〜山田峠方面経由芳ケ原〜草津
参加者:長谷部、田宮
逢の峰まではスキー場施設を利用し白根方面に進む。今日はエメラルドグリーン色のカルデラ湖、湯釜の見物とまだ登っていない白根の山頂を目標とした。白根山に登る途中で一旦シールを外しクラストしていただけない斜面を湯釜へ滑り込む。ここではぼくが急に牧野さんモードに陥る。立て続けにシールの袋とチートシートを風にもっていかれる。悲しいかなどちらも回収不能。が、日本ばなれした?いや世界でも他にない色の湯釜への滑りと、雪を纏った側壁と釜のコンビネーションに大感激だったので、気を取り直した。ちなみに湯釜の水は湯ではなく冷たかった。お釜見物の後、山頂に立つがここでは我慢できないほどの風が吹いていた。万座側を覗き、縣*2を発見したので、ゼスチャで二人に合図して山田峠側に進み、風が緩んだ場所でツェルトに入って縣*2を待った。
縣*2と合流し4名で草津に抜ける事を決め、山田峠側の斜面を滑る。雪が少なくところどころ岩が出ている。何度かガリガリといやなショックもあった。それでも沢地形に入ると雪が吹き溜まっていて踏み抜く事はなく、快適な横移動を楽しんだ。芳ケ原ヒュッテ(管理人在住)では、有名な犬二匹の恒例のお出迎えがあり、心が和む。長谷部がここで一匹とラブラブモード。お鼻の掃除をしてもらったとか、、。ここからはクラストした緩斜面と林道をただただ下るのみ。途中にその筋では有名な野湯があるが、やよいさんの”やめといたら”の一言でここには行かず、草津へ抜け、温泉は車で移動の後、万座で楽しんだ。
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16.草津白根(万座から)  *縣(直、や)
去年白根山山頂からみた万座側が気になっていたので行ってきました。万座へ行くには有料道路代1020円x2払うので、しかも西武に、腹立たしい。でも帰りに見た御飯山の白い斜面がきれいでした。
2004年2月14日
奥万座〜草津白根山〜北面〜芳が原〜草津スキー場
リフトで万座山から山田峠、南下して白根山、道沿いに下山、と考えたが、リフトで登るのではなく歩いてみたくなって道路沿いにいくことにした。万座を過ぎて、冬季閉鎖道路にたどり着き、歩き始める。1746m奥万座のあたりに廃宿があり、沢沿いの温泉マークが気になる。硫化水素は大丈夫だろうか? 途中から朝日山ゲレンデスキー場脇の尾根に取り付き、なだらかな尾根をつめる。栂の下の日陰部分はさらさらだが、サンクラストしており、手ごわそう。途中で田宮さんから携帯がはいり、山頂で合流することになった。草津志賀道路につくと、田宮長谷部組が見えた。2027m風が強くなり始め、山頂下は強風では雪が顔に当たって痛い。ようやく着いた山頂では2人がツェルト出して休んでいた。 2160m合流したあとは省略。
その後めずらしく宿に泊まりました。草津に後輩が関連した宿です。一泊朝食のみで6000円。温泉は24時間入れます。万代鉱源泉で強酸性。いいっす。
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17.鍋倉山・黒姫山  *勝又、堀
短いパウダーの季節。天気図をにらみながら西へ東へ。
滑りはさておいて(雪が重い・・・)、素晴らしいブナ林と何だか面白そうな人たちに出会えた2日間でした。
鍋倉山
日程:2月14日(土)
メンバー:堀、勝又
行程:鍋倉山 温井〜山頂〜北斜面〜温井
土曜日は天気が持ちそう。勝又にとっては久々の鍋倉山へ。
朝、松代パーキングから温井へ。当然いると思っていた田宮カーが無く、どこへ?と思いながら南東面のブナの素晴らしい尾根をゆっくりとたどる。今回はスノーモービルの騒音に邪魔されることも無く、山頂で1パーティー一緒になっただけ。始め、たどった尾根を200mほど下ったが雪が思ったほど良くなくやっぱり当初考えていた北面か、と珍しく登り返す。北面は一瞬藪っぽいがすぐに素晴らしいブナ林が待っていた。これは発見。おすすめ。雪下ろしで人が入っているという都立大の小屋に立ち寄ってみると、山頂で会ったカップルが誘われて小屋の中でコーヒーを飲んでいた。どうやら今日は開放日らしい。また、その後通りすがりのカップルを小屋へ勧誘すると何とそれは先先週小日向で一緒になったしばさんとその相方。盛り上がる。小屋にいた都立大の方々は鍋倉山の大ブナの森太郎、森姫を世に発表し、残り少ない天然ブナ林の伐採を食い止めた方々だった。次回はぜひこの大ブナたちに会いたい。泊まってけという誘いに後ろ髪をひかれながら、明日の滑降を思い鍋倉山を後にした。
黒姫山
日程:2月15日(日)
メンバー:堀、勝又
行程:黒姫山 大橋〜稜線〜大橋
昨晩は新井の道の駅で1泊。一晩中吹き荒れた強風と雨。当初予定していた神奈山のふもとまで行き、横殴りの吹雪きにあきらめ、それではと黒姫山のパウダー狙いに切り替える。
佐渡山に行く田宮さんパーティーがまさに出発するときに大橋に到着。田宮さんは降り続く雪にちょっと躊躇気味だったが、、妙高の吹雪きを見てきた我々には最高の雪の降り方に見え、黒姫山への夏道をたどる。これまた素晴らしいブナ林。まもなくトレースをつけていた先行パーティーに追いつく。交代でラッセルを申し出て、一緒に登る。先週噂をしていた’ロックアンドブッシュ’の人たちだった。(先週この団体の名前を聞いて、我々は’ブッシュアンドブッシュ’だねと笑っていたのだ。)毎週このあたりに通っているという話をすると、1000万円くらいでいい物件があるよ、と紹介された。500万円くらいで探してください、とお願いする。ぜひ、1度ご一緒したいような人たちだった。
稜線付近から夏道の右側のくぼ地に滑りこむが、傾斜のある気持ち良い部分は一瞬で終わる。あとは案の定、下りラッセルでした。
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18.佐渡山  田宮、粕谷、*長谷部
戸隠でも土曜から日曜にかけて、かなりの降雪でした。目がさめるとフィットは雪の塊と化しており、しかも依然として降雪中でした。行けるとこまで行きましょう、と車をかき出して大橋へ。
日時:2004年2月15日(日)
場所:佐渡山
メンバー:田宮さん、粕谷さん、長谷部
ルート:大橋〜稜線〜西斜面(登り返し)〜稜線〜大橋
1月に佐渡山に来た時より積雪が明らかに増え、藪がかなり埋まっており、取り付く尾根の手前の沢も埋まっていた。古い赤布にも手が届く位の高さになっていたので、例年並の積雪量になっているようだ。稜線から西斜面のブナ林に滑りこむが、前日から降雪中の雪は重く、ターンはほとんどできずに直滑降。斜度が無くなり、止まってしまったところで西斜面の滑降はあきらめ、滑降のトレースを使って登り返した。直線的に稜線に向かうトレースを使って登り返すのは楽だが、なにやってんだかな〜、と、なんだか可笑しかった。稜線に戻ってからは、登りに使った尾根を滑降。沢に向かって落ちる深い新雪の急斜面でターンをかせぐ。下まで落ちたくなる気持ちを抑えて、途中から尾根に戻る。快適な滑りは一瞬だったが、登り&ラッセルがあり、満足。
登りがあると充実感が大きい。
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19.乗鞍岳  *田宮、佐藤(IBM)、縣(直)、長谷部
天気がいいのに、うれしくない。贅沢な悩みにさいなまれてしまった。悩んだあげく、景色が楽しめ、あはよくばザラメと思って乗鞍岳とし、ここのところ山頂に立っていない剣ケ峰を目指した。
日時:2004年2月21日
参加者:佐藤(IBM)、縣直、長谷部、たみや
活動:位ケ原から高天原と剣ケ峰の間の谷経由で山頂
 山頂からは、南東面の広いカール状を位ケ原へ滑降途中一箇所アイスバーンのトラバースがあり、緊張を強いられた。他部は硬いパック雪だがクトーは効いた。ラッセルとは別のシール歩行訓練となってしまった。あーあ。縣直、たみやは途中でシートラーゲンに切り替え、ハイ松を踏み踏み進む。12:30山頂着。山頂はいつものように360度のパノラマ。今年は南部は雪が少ないと聞くが、御岳、中ア、南アの雪のなさに唖然とした。登りが登りだけに滑りは期待してなかったが、きつかった。皆、ひぃーひぃー言いながら位ケ原に降りた。さらにルートを探求する気持ちは起きず、ゲレンデと化した切り開きを降りて活動終了。
活動後は、お決まりの銀山荘、渡辺経由文林コースを辿った。
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20.鍋倉山  *堀、勝又
今年、2回目の鍋倉山。何度も行っている山ですが、新しい発見はあるものです。
日程 : 2月22日(晴れ)
山名 : 鍋倉山
参加者 : 堀、勝又
ルート:温井〜森太郎・森姫ルート〜山頂往復
スキーだけではあるが、これまでに何度も登っている鍋倉山。それにも関わらず、いつも新鮮な気持ちで登ることのできる山。今回はとても温かく、雪解けの春を思わせるような鍋倉山へ。初対面となる、森太郎・森姫とも会え、山頂から頚城の山々を眺める。今日は透明度がよく、日本海の海岸線も近くに見える。関田山塊に寄り添うように流れ行く千曲川、新潟に入ると信濃川と名前を変えるんだったな、、、。むっむ、あれは、守門、越後三山、巻機山、柄沢山、、、真っ白な頂が連なる。越後の山々ではないか。飯山から津南、十日町、すぐ向こうは越後なのだ。地図上では分かっていても、感覚的に繋がっていなかったものが、ここで初めて繋がった。車に戻って、新潟県地図を開き、越後の山々に目を向けた、、、近い!長野からなら越後も近い!帰路、ぶなの温もりが残る手でハンドルを握り、あの白い山並を思い返した。長野市からなら越後も近い! 東京からよりも、ずーと近い。何かが心の中で大きくざわめいた。
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21. 鍋倉山 田宮、縣、粕谷、*長谷部
はせべです。
先週末の鍋倉山の報告です。
昨年、堀さんの写真を見てから行きたかった鍋倉山。 前回訪れた1月は大雪敗退、今回、ついに行くことができました。 見事なブナ林を堪能、天気も雪も大当たり。
最高でしたー。 ちなみに前夜のアプローチは関越・石打丸山ICから津南経由で行ったら 約3.5時間で鍋倉山に到着しました。津南経由だと意外と近いですね。

日時:2004年2月28日(土)
場所:鍋倉山
メンバー:田宮さん、縣さん、粕谷さん、長谷部
ルート:温井〜東面カール状地形〜山頂〜北面滑降(登り返し)〜北面滑降〜温井
温井の集落から広々とした雪原を抜け、尾根に取り付く。 小鳥の鳴き声、今にもほころびそうな木の芽、春のような雰囲気のなか 素晴らしいブナの森を歩いていると、ブナの巨木に出会った。 これが森太郎?森姫?なんて思っていたら、次々とブナの巨木が現れる。 どれが森太郎と森姫なのやら・・・。神奈山がブナの渋谷なら、鍋倉山はブナの鶯谷か浅草か?多くのブナ爺、ブナおばばに感激しながら上部の尾根に出ると、 白い花を満開に咲かせたブナが出迎えてくれた。ブナの枝にエビの尻尾が付き、白い花が咲いているようにみえるのだ。 皆、さらに感激してシャッターを切りまくる。青い空の下、ブナ並木を花見気分で眺めながら、山頂へ向かう。山頂からは360度の展望。 日本海、頚城、志賀、苗場、上越・・・本当に近い。 そしていよいよ滑降。 縣さんと私は登る途中で斜面をのぞき込んでから、ソワソワしていた。鍋倉山行きたいと騒いでいた私が「最初に滑っていいよ」と言われ、 「来てよかった−!」と大喜びで北斜面の樹林に飛び込む。 数ターンで、雪のコンディションが良いことが伝わってくる。 ターンが自由自在で、全く引っかからない。 しかも底を打たない柔らか締まり雪。 樹林も広い! なんという気持ちよさだろう! 振り返ると皆、ウハウハで滑ってくる。 縣さんはロングターンで、あっという間に森の奥に消えていく。 喜びの叫びが谷に響き渡る。 沢が狭くなるところで登り返し。 山頂から少し東寄りに進んだところから、2本目の北面に飛び込む。 狙っていた木立の無い小さな沢状の地形でバッチリはまって再び歓喜! その後はトラバース気味に下り、広い雪原に出たところで、休憩。春の陽気のような昼下がり、そのまま昼寝に突入していた。 登ってよし、滑ってよし。 鍋倉山はいいところですね。開発から山を守ってくれてた人々に感謝。
以上
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22.戸隠クロカンスキー  *師橋、福田(忠)、他ラテルネ、山座会など12名
日時:3月6〜7日(土)
場所:戸隠
メンバー:福田(忠)、師橋、他ラテルネ、山座会など12名
コース: 6日: 奥社入口〜奥社〜鏡池〜宝光社(クロカン)
7日: 瑪瑙山裏〜高デッキ〜スキー場(福田、師橋)
ラテルネの久しぶりの山行(?)でした。会員の費用は全て会で負担するという大盤振る舞いに多くの参加者が集まりました。
金曜の夜から宿泊は「富岡」でした。(そばの味は非常に落ちた。)7日には、ゲレンデの裏に入り、二人とも今年初めてのパウダーをささやかに味わいました。
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23.上州武尊・西俣沢カラ沢 *田宮、長谷部、天満、堀、勝又
2月のとある日の夕方。オリンパス社屋の廊下でB&Bチームの定例打ち合わせ。もうパウダーの季節は終わりですかね、寂しいな。大陸の寒気が強くならないですよ(長谷部)いやいや三寒四温って言うやん、また寒くなる時あるよ(たみや)先輩面してこう返事したもののもうそろそろ春モードに切り替えだなと思っていた。ところがどっこいこの冬一番かもしれない寒波がやってきた。藪の神のプレゼントかそれとも試練か?
日時:2004年3月7日
参加者:堀、勝又、天満、長谷部、たみや
活動:西俣沢脇の林道から家の串東尾根を使い家の串山へ登り
   西俣沢カラ沢とサス沢を滑降して取り付きに戻る
   最初から最後までパウダーだった
天満君はアメリカンおデブちゃん、K2のセンター88mmファット板を従えて登場。長谷部に当社の社風に合わない板ですねと言われていたが、本人いわく最高にいい滑りができる板なのだそうな。板のチョイスは人それぞれ。4名の板ががクラシカルテレマークなのかもしれない。
8:00出発。雪が降っていたが、戸隠周辺の豪雪を経験してきた後なので、まったく気にもならない降りだった。情報のないルート進むので、藪覚悟だったが、尾根に突き上げる無名の沢は疎林(伐採の後、ほっとかれた二次林)、広い尾根には鍋倉クラスのブナが残っておりと、上々の登高ルートだった。天気はいつの間にか回復し、尾根から左に荒砥沢、右に西俣沢カラ沢が見渡せた。どちらもおいしそうなパウダー斜面だった。長く滑れる西俣沢カラ沢に決め、最後の急斜面をクリアして家の串山の山頂に立つ。言いだしっぺとしては無責任な発言だが、山頂に立てるとは思ってなかった。山頂からの景色がすばらしかった。初泊り沢山行で登った川場谷の斜面は生唾もの。遠くに尾瀬笠ケ岳や谷川連峰の南面まで見えた。
13:30?いよいよ滑降タイム。中の岳との鞍部2100mから滑降開始。言いだしっぺ特権で最初に滑らせてもらう。あまりの気持ちよさに笑いが止まらない。五地蔵では斜度におじけづいてアルペンターンに切り替えたが、ここではテレマークが決められた。振り返ると皆がそれぞれ矯正を発して降りてくる。いやいや。こんなに良くていいの?標高1700mまで広い斜面を思い思いに滑れた。1700mからは斜度のないゴルジュ地帯を進むが、去年の長谷部との滑降を思い出しながら進む。偶然だが去年と同じルートで下る事になった。二度のちいさな登り返しは面倒だが、しょうがない。今年は回りこんだサス沢(1555m尾根の南側の沢)もパウダーだった。
ここまで美談だけ書いてきたが、これでは僕のキャラクターが消えてしまう。下部の渡渉でポカをやった事も白状しおきます。沢床でスリップ、お手つきでぎりぎり3月の水泳訓練を逃れた。10月に釜の沢、外の沢で沈没。飯豊の渡渉でインナー水浸しと、水難の相がある、気つけよう!いやいや、今回に限りだと思うけど、藪の神はご褒美をくれました。次回武尊に行くなら、泊りで川場谷を滑りたい。

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24.阿寺山  *堀、勝又、松本
昨シーズン、RSSA小森さんに先を越されてしまった阿寺山。
標高は低いですが、思っている以上に良い山?の予感がします。
日程 : 3月13日(晴れのち雨)
山名 : 阿寺山
参加者 : 堀、勝又、松本
ルート : 三国ダム〜阿寺沢〜山頂往復
小森さんが滑った北西面・ジャバミ沢も良さそうだが、自分で最初に考え付いた南西面の阿寺沢に行くことにした。三国ダムから阿寺山を見ると、阿寺沢の上に無木立のなだらかな山頂が見える非常に魅力的な山容。阿寺沢の中間部に大きなデブリが見えたが、沢の左岸側は安全な地形なので、気温が上がり始めたら左岸側の尾根に逃げる予定で阿寺沢を登り始めた。気温は上がらず、カチカチのデブリ帯は一部スキーを脱いで越え、そのまま本流を詰めてなだらかな斜面の基部に出る。背後の景色は特筆もので、特に巻機山北面が目を奪う。さらに手前には気になる山が、、、。滑降ラインを考えながら、無木立の稜線を三国川側の雪庇に気をつけながら進む。雪庇の切れ間から三国川を覗くと、、、。そのほんの数十秒後、山頂は目の前にして、ガスが来たなと思ったのも束の間、あっという間にホワイトアウト。
急いでシールを剥がし、往路のトレースを忠実に辿って阿寺沢に滑り込んだ。天気が良ければもっと良い滑降ラインがあったのに、今回が残念だった。しかし、それ以上の収穫を得えることのできた山行だった。

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25.巻機山  堀、*勝又、天満、松本、市川、宮坂
初顔合わせの楽しい山行になりました。
・日程 : 3月14日(日)・日帰り
・メンバー : 堀、勝又、天満、松本、市川、宮坂
・山名 : 巻機山
・ルート : 巻機山〜往路(井戸尾根)〜清水
・地形図 : 1/25,000 巻機山
土曜日より新潟入りをしている堀・松本・勝又は早々と無人の大沢駅へ。明日の長丁場に備え18時より就寝体制。長野より参加の市川えみっちさんと宮坂さんとは朝、清水で集合の予定。2時間ほど寝たら爆音に起こされた。近くのスキー場で尺の花火をあげている。季節はずれの花火を楽しんだあと、すぐまた眠りにつく。
翌日5時、清水にメンバー6人が集合。前日からの雪が降り続いてる。
森林限界を超えるといよいよホワイトアウトして前にすすむことが困難に。このままでは稜線まであがってもな、ってことで天気待ちをすることにした。体力バカの後輩松本・体力バカ2の天満くん・長野の宮坂さんがいつのまにか雪洞をほっている。が、なんせ初顔合わせのためてんでんばらばら。宮坂さんが無心に堀りすすんでいく。しばらく掘ると一言。「あ〜、気が済んだ」 やっぱりにらんだ通りだ。この人とはぜひお友達になりたい。
掘り終わりみんなで雪洞にはいると、なんと、晴れてきた!!すぐに準備をして最後の急斜面を登り始める。
時間切れのためブサの裏沢は今回はあきらめてとにかくピークを目指す。だれも滑らないニセ巻機の裏側を喚声をあげながらそれぞれに滑る。頂上につくと周辺の山々がかろうじて見える。結局時間と雪質を考え井戸尾根を下ることに。これは想像通り最悪だった。みんなへろへろになって清水に戻りました。長野のえみっちさんは10数年のキャリアを持つ私の憧れの人。大好きな巻機山で楽しい山行になりました。ブサの裏沢は次回におあずけ。
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26.尾瀬・笠ヶ岳(前半)  田宮、*長谷部
自分の足の臭さに驚き、呆れ、笑った。どうしてくれよう?
日時:2004年3月13日(土)〜15日(月)
場所:尾瀬・笠ヶ岳、至仏山
メンバー:田宮さん、長谷部
3月13日(土) 戸倉〜林道〜鳩待峠(ベース)〜テンマ沢手前(水汲み・登り返し)
JR沼田駅の無料駐車場に車を停め、戸倉行きのバスに乗り込む。所要時間は約1.5時間、運賃は\2,400。林道に最寄のバス亭は"鳩待入口"だが、気付かずに通過してしまう。結局、終点の戸倉から歩き出す。
林道の除雪は約1km先の覆道の工事現場まで入っており、そこまでは板を背負って歩き、除雪の切れたところからシール歩きを開始する。モービルの跡が残るなだらかな林道を、沢の透明な流れを眺めつつ歩く。途中、「笠ヶ岳に最短でアプローチするのに使えるかも」と考えていた西栗沢の尾根を観察すると、多少ヤブはあるものの、1,779に向かって適当な斜度の斜面が伸びていて、使えそうな尾根だった。林道の雪質に最高のザラメを期待させられながら進んでゆくと、やがて笠ヶ岳の南東斜面が視界に入ってくる。「あの斜面を滑るのだ!しかもこの雪質、天気!・・・もらった!」と、早くも勝利宣言。
笠の南東斜面が見えるとすぐに、鳩待峠と坤六峠の分岐である。分岐から林道を外れて沢の左岸を歩きだすと、急に風が吹き出し、雪が降りだすが、土、日、月にかけて移動高が通過するとの予報、この風雪は一過性のものだろうと歩みを進める。そして鳩待峠の小屋の屋根が見え始めると同時に、爆音と話し声。・・・モービル中年グループ発見。むむむ、こんなところまで来るとは。戸倉から鳩待峠まで、約4時間かかって到着。
ベースをもう少し上まで上げるかどうか相談するが、そうこうしているうちにも風雪が強まり、気温が低下してきたので鳩待峠にベースを張ることにした。
ベース設置後、尾瀬側に滑り込み、沢で水を汲んでくる。ザラメ雪はあっという間にクラストしていた。夕食の頃にはひどい吹雪になった。遠くで風の唸る音が聞こえたかと思うと、轟音と共に烈風が突き抜けていく。移動高が来ているはずなのに、不思議だ。朝鮮半島あたりに弱い低気圧が発生しそうな気配があった・・・、それが発達?それとも二次前線?そんな思いを巡らせつつ明朝の回復を祈り、18:30就寝。
3月14日(日) 鳩待峠〜小至仏山〜至仏山〜ムジナ沢滑降〜鳩待峠
テントの中から1時間毎に天候を窺うも悪天は継続している。
こんなはずでは・・・、と2人ともふてくされながら寝続ける。しかし、昼近くに回復し始めてきたので、「天気の様子を見ながらムジナ沢へ向かって行けるところまで行こう」と、ノロノロと朝食を取り、ベースを出発。
小至仏、至仏の稜線はアイスバーンで、クトーを付けて移動した。足元には大斜面が広がっているが、今回は時間が無いので唾を飲んで通過。稜線から尾瀬ヶ原を見やると、モービルの無数のトレースに刻まれていた。冬の尾瀬くらいはそっとしておいてあげたいものだ。ベースを出発してから約3時間で至仏山頂到着。
気温が低く、まだ風も強くて寒いので、すぐに滑降を開始する。稜線直下はクラスト混じりのパウダーだったが、まもなく岩や低木の露出したアイスバーンになった。標高差100m程度のアイスバーンを横滑りで通過すると、なかなかの雪質の斜面が尾瀬ヶ原まで続いた。2人とも雪質にはあまり期待していなかったので、意外と満足な滑りとなった。しかも視界も回復してきたので、尾瀬ヶ原と、その向こうで存在感を出している燧ヶ岳を眺めながらの滑降となり、大斜面と大パノラマを2人占めだった。その後は尾瀬の樹木を楽しみつつ、ベースへ向かう。カラマツ、シラビソ?、ブナ...とこの山域は数種の大きな樹木が混在していて面白い。途中、なんとなく小テンマ沢、テンマ沢を見に行ったりしながら水を汲み、ベースに戻った。ベースからは、小至仏や至仏がよく見渡せていたことに初めて気がついた。あの斜面も滑れていたらなぁ・・・、と次の宿題となった。
日が暮れたあと、お茶を飲みながら満天の星空を眺める。昨夏の湯檜曽川遡行からちょうど半年経ち、こうして同じ山域から季節が全く異なる星空を再び眺められて、感慨深かった。
(以上、長谷部)
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27.尾瀬・笠ヶ岳(後半)  *田宮、長谷部
山越えを短期集中で実現するため、バス・電車の利用を検討。出発前夜にいい計画を思いついた。あんまりにもすっきり行けそうなので一人悦に入って入山したが、土日の気まぐれ天気で士気が落ちてしまった。がんばって休暇とったのに、なんでだよ。それでもムジナ沢を滑ると気持ちが戻ってきた。前夜、満天の星に願いを込めておいた。こうなりゃ、天気はどうにでもなれだ。長谷部君、はまったらごめんね。
12日 JR沼田駅前の駐車場で前夜泊
13日 7:15発の尾瀬戸倉行きのバスで戸倉へ向かう(車は駐車場にデポ) 戸倉〜鳩待峠、鳩待峠でベース設置 川上川沿いに水取り滑降
14日 鳩待峠〜悪沢岳〜小至仏岳〜至仏岳 ムジナ沢を尾瀬ケ原まで滑降 川上川沿いに鳩末峠に戻る
15日 鳩待峠〜悪沢岳〜小笠との鞍部 小笠岳南東尾根をタル沢とスリバナ沢の出会い1450mまで滑降
    出会いから笠ケ岳の南1900mまで登り返し 1900m〜咲花沢源頭〜木の根沢林道(大沢との合流地点)まで滑降
    林道を湯の小屋温泉まで滑降と歩き 16:35湯の小屋発水上行きバスを利用して水上 17:25水上から沼田へ上越線で移動 17:50沼田で車回収
最終日は早起きした。8:00、鳩待山荘を後にする。歩きだすと程なく雪になり視界がなくなる。あんまりにも幸先が悪いので、愚痴りたくなったが、愚痴ってどうなるわけでない。前日のトレースを頼りにして黙々と見えない悪沢岳を目指した。今回の天気の崩れは初日とは違ったようだ。情報がなくどうなってんだかさっぱりわからなかったが、雪はしばらくすると止み、視界も回復していった。
悪沢岳で昨日のトレースと分かれる。しばらく尾根を滑ってから小笠の南東尾根にトラバース。シラビソの疎林を沢との合流点1450mまで標高差にして約500m滑った。1450mからはシールを張り直し1870mに登り返した。湯の小屋へスムーズに抜けるため、笠ケ岳をあえて外している。そもそも一回で滑りきれる山ではなく、ここは今後の宿題に残した。
13:00、西面を滑り始める。咲花沢源頭1700mまではだだっぴろい尾根だ。森は美しい、雪は十分ある。
目印に考えていた1700m付近の非難小屋を見つけられなかった。この先、尾根が狭くなる。予定の西方向の尾根がなぜかえらい急に見えた。ルートをミスったのだろうか?ここでのルート探索中に、南面は雪がうねってない事に気がついた。しかも広く適度な斜度の尾根がある。躊躇なく作戦変更。出だしの雪屁の先には武尊北面を正面に見ての絶景無木立ち斜面が待っていた。ここからミズナラ大木の疎林に滑り込む。さらに下るとカラマツ林。うまい具合に雪は林道まで繋がっていた。快心のルートに感激し、林道に着いて思わずガッツポーズ。遅れて着いた長谷部に握手まで求めてしまった。
林道にはXCのトレースがあった。スタイルは違え同じ場所に自分の足でやってきた人がいる。うれしくなった。湯の小屋温泉までのながーい林道の移動は、山越えの達成感に満たされたので、こころなしか短く感じた。
水上行きバス出発直前に温泉に着いた。バスに飛び乗ったので温泉は車回収後までお預けになった。早く長谷部の臭い足を封印しなくてはならなかったのだが、、、。

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28.四阿山  *田宮、長谷部、天満
期待に胸膨らませた浅間だったが、東面ですら地が出ていた。また道路脇からかなり歩かないと取り付けないほど雪が少なかった。土曜の前線は南に寄りすぎたのか、軽沢周辺はほとんど雪が降らなかったようだ。
日時:2004年3月22日
参加者:天満、長谷部、たみや
行動:ホテル前から四阿山往復
無理して突っ込んでも板を壊すだけなので、代わりに近くで一番滑れる四阿山に転戦した。
牧場から振り返った先には後立山の山々がが遠くに屏風のように並んでいる。その手前に妙高・戸隠の山々がより大きくみえる。ここまで揃ってみえる場所もそうないのではないか?東に目を向けると草津方面の山々、その後ろに武尊、尾瀬らしきも確認できた。景色だけで満腹だったが、今回は雪が良く滑りも楽しめた。僕は5回目にして初めて全斜面ザラメコンディションに当たった。カルフの鱗板+皮靴で初めて笑顔で滑降(今までがひどすぎた)。ただ、カルフ・ドラドの欠点を見つけた。キャンバーが強いため、登る時、斜面に少しでも凹凸があると鱗がまったくかからない。シールなしで相当がんばったけど、あんまりにも疲れるので途中からシールをつけて登った。鱗板登下降で仙人の域を目指したいが、現実は厳しい。

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29.黒姫山・高デッキ山  *師橋、室岡、他13名
日程:3月20日(曇り時々雪)
山名:黒姫山
参加者:師橋、室岡、他14名
ルート:大橋〜山頂往復
16名の大部隊で足がそろわず時間を食い小黒姫は省略。単純往復となった。
腰は問題ないが、筋力不足になってしまった。
日程:3月21日(晴れ)
山名:高デッキ山
参加者:師橋、室岡、他13名
ルート:瑪瑙山〜高デッキ山〜スキー場
瑪瑙山裏の例の斜面は粉が保存されていた。
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30.牛ヶ岳北面〜大兜山  *堀、勝又
まだ、現実に戻れないでいます。いや、週末の山行と現実が結びつかないまま。
・日程 : 3月21日(日)晴れ〜22日(月)曇り
・メンバー : 堀、勝又
・山名 : 牛ヶ岳〜大兜山
・ルート
 清水〜牛ヶ岳〜五十沢川〜大兜山〜野中沢〜野中
 登高高度2030m、滑降高度2160m、下降高度170m
・概要 
 @清水0600−ニセ巻機山1000−牛ヶ岳1100
   晴天の下、初めて先頭で巻機山に登る。牛ヶ岳との鞍部から見るブサノ裏沢も素晴らしい。
 A牛ヶ岳1100−北面滑降−五十沢川1230
   阿寺山から見た三角形の無木立巨大斜面を滑降。あまりの斜面の広さに感覚が麻痺。標高差1140m、滑り降りてしまった。
 B五十沢川1300−大兜山1430
   五十沢川をスノーブリッジで渡り、大兜山南面に取付く。傾斜がきついが、シールで山頂まで上り切る。大兜山から見る越後の山々、正面には滑ってきた牛ヶ岳の大斜面。我ながら、素晴らしいルート設定だ(泥酔状態)。
 C大兜山1500−野中沢1800(日没ビバーク)
   景色と自分の計画に酔いしれ、阿寺山から偵察したルートを滑降。約800は快適に滑降できたが、野中沢の二股付近に下りるところで雪が切れ始める。しかも、予想以上に沢が開いている。ヤバイ!スキーを諦め、シートラーゲンで沢沿いを下るが、、、林道までもう少しのところで日没。暗い中を行動するには危険な状況。仕方ない、ビバークを決断。ツエルト+シュラフカバー+行動食で寒い寒いビバーク。
 Dビバーク地点0600−林道0700−野中0730
   長い夜が明け、行動開始。約1時間であっけなく林道に出てしまった。あの状況では仕方なかったが、体力が余っていただけに悔しい。
  

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31.鍋倉山・三田原山  *縣(直)、縣(や)
3週間ぶりの鍋倉はもう春雪でした。
3月20日 鍋倉山
朝、モービルに出会う。金髪ピアスのおじさんがいて怖い。いなくなってから出動。黄沙で黄色くなったざらめ雪を歩く。小屋の上の道路沿いにさらに奥へいき、沢の左岸をのぼる。前回は雪のラッセルだったところがアイスぎみになっていて結構急斜面だったことに気づいた。もうピックつきストックが欲しい季節になった。
大きなぶなのの尾根を歩く。いつきても気分のいいところだ。 山頂からは山がかすんでいる。妙高黒姫も上半分はガスっていた。
今回も北東面から降りる。日陰のところはまだすべるのによいが日向はクラストしていてこける。山を回りこんでいくと日が出てきて晴れてきた。道路で一眠りして下山。野沢温泉へ。(500円。熱い)
3月21日 三田原山
晴れの予報と北面のクラスト予想から、神奈山も一時検討したが取りやめ、三田原 山南面のザラメに期待した。 杉の原スキー場泊。駐車場でねてたら1000円払えとのメモが挟んであった。さす が西武。当然無視。10時ごろゴンドラからリフト上に出て出発。快晴の中ブロックが落ちてきそうな沢を渡る。長いトラバースを経て外輪山上へ。硬いアイスバーンの上に2センチぐらい積もっている。上部はガリガリだが、クトー は使わずに登れた。シールのままピークを三つほど超えて山頂へ。モロハシチームがいるはずの黒姫、なだらかな佐渡山、北東斜面がすばらしい乙妻山、白馬方面もよく見えた。登った山を別の山から見ると楽しい。以前は五地蔵側から見れて、今回は反対側から見れたのでさらに楽しかった。
一時ごろ滑り出す。みな林道までまっすぐ下ってしまうようだが、我々はスキー 場へ引き返す。上部は硬いがすぐにゆるみはじめ、いいザラメになったところでトラバースすべき高度になり、重い雪のスキー場を下った。
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32.谷川蓬沢〜武能岳  *師橋、田宮
復帰第二戦は武能岳。
日程 : 3月28日(晴れ)
山名 : 武能岳
参加者 : 田宮、師橋
ルート : 土樽〜蓬沢〜武能岳(手前)〜北西斜面〜土樽
3月とは思えない陽気の中、蓬沢を辿り武能岳へ。蓬峠を中心にぐるりとスキー向き斜面がそこここに広がっている。北西面に入り、少し重いがパウダーを堪能する。途中見事なブナ林の中を滑り蓬沢へ戻る。フキノトウがもう出ていた。持ち帰り天ぷら。
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33.火打山(澄川ルート)  三井、中村、小林、市川(以上R&B)、*堀、縣、勝又、長谷部(以上B&B)
五地蔵山をきっかけに知り合った長野市の山岳会「ロック&ブッシュ」の面々と妙高・火打山へ。
当初は澄川途中から黒菱山東面に繋ぐ予定だったが、痛恨のルート間違えで、結局、澄川を最後まで滑ることとなった。しかし、初めて滑るのなら、火打山北面の王道ルートである澄川。その完成されたラインは小細工をしない方が良いのではと思わせた。間違えが正解を生んだ山行だった
・日程 : 3月27日〜28日
・山名 : 妙高・火打山
・メンバー : 堀(SL)、勝又、長谷部、縣、R&aB;B4名  計8名  R&B:三井(CL)、中村(装備)、小林(食料)、えみっち
・ルートおよび概要
3/27(快晴・移動高初日)
車デポ〜杉ノ原スキー場〜三田原山〜黒沢池〜高谷池ヒュッテ〜火打山〜南面2000まで
(R&Bはサクラ谷)〜高谷池ヒュッテ(泊)
山行前日に少し降雪があった為か、真っ白な山々に青空が冴えていた。火打山は1998年の悪天敗退以来。高谷池から見える火打山に興奮した。初日はR&Bチームと別れ、東京組は火打山へ。堀にとっては6年越しの火打山に登頂。佐渡山、黒姫山、五地蔵山と今年行った山々など360度のパノラマ。透明度が高く、北アや日本海もくっきりと見えた。高気圧が張り出し始めたばかりの為か、まだ風が冷たい。ウインドパックした南面に玉砕されたあと、高谷池ヒュッテに戻る。
高谷池ヒュッテは予想以上の人で満杯だった。菊池さん/尾本さん、藤倉夫妻/天満くんと一緒に澄川へ行った人に出会った。
3/28(快晴・移動高2日目)
高谷池ヒュッテ〜火打山〜澄川〜北桑沢出合〜1091m尾根〜〜第3発電所〜車デポ地
今日も快晴、澄川源頭に着く頃に気温が上がり始める。火打山山頂から滑りたいので、皆が躊躇する中、堀のみ山頂に向かうと長谷部・縣が続く。つられて小林さん、えみっちが続く。(「東京組が登っているのに、長野組、それでいいのか?」と中村氏が長野組の若者2名に発破をかけたらしい。)東京組は今回2度目の山頂。記念撮影のあと、澄川の真の源頭に滑り込もうと思ったら、直前に下りていったパーティーに既に滑られていた。仕方なく、北側の支沢源頭にルートを取るがこれが大失敗。またも悪雪に苦しんだ。コルからの快適斜面を滑って来た他3名と合流し、黒菱山への取付きまで滑る。急斜面を坪足で登り、小尾根に出る。斜度がきつすぎる。何かおかしい。それ以上進のは困難と判断し、小尾根の反対側を滑降して澄川に戻る。
下りて来た斜面と地形図を冷静に見直し、登った尾根を1本間違えたことに気付いた。が、また登る気持ちになれず、澄川をそのまま滑ることにする。しかし、ここからが澄川の神髄。とにかく素晴らしい!
天満くんがまた行きたいというのもうなずける。(次に行く人の為にこの後は省略)
沢が割れ始め、他のシュプールは尾根に逃げて行く。黒菱川出合で尾根にエスケープするかの判断に迫られたが、「こういう時はハマルのを覚悟で行くものだ」という堀・勝又、そして中村氏の意見でリーダー三井氏を無理矢理?納得させ、滑り始める。沢の割れが顕著になり始め、最後に残った数日前の単独シュプールもとうとう尾根に逃げていった。「裏切り者ー」と言いつつ、トレースの無くなった雪面を次は右岸か左岸か、ワクワクしながら滑って程なく、北桑沢出合に到着。澄川完全滑降。右岸の台地に上がり、発電所までの尾根を水道管沿いを滑る。発電所から林道まで最後の登り。あとは林道を車デポ地まで歩き下るだけ。のはずが、、、約25分の林道歩きでスケーティングバトルになる。このバトルの火付け役はえみっち。抜き出たのは三井さん・縣・長谷部・堀。終盤に三井さん脱落。そろそろ車デポ地か?堀が「夕飯を掛けよう」と言いながらラストスパート掛け先頭に出る。しかし、長谷部を振り切れない。しかも、まだ車が見えてこない。気を抜いた瞬間、「車だー!」と叫びながらスパートを掛ける長谷部に先頭を奪われ、そのままゴール!帰りの黒姫食堂で天丼をご馳走する羽目になった。次は負けないぞ!
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34.笠ヶ岳(ウツボギ沢・赤倉沢)  *田宮、縣(直)
縣君から水曜にメイルが届く。蓮華温泉に行こう!との話だった。二つ返事でOKする。が、天気が二転三転。計画をきめられなまま金曜日になってしまう。前夜、21:30、田宮のアパートで作戦会議。土合から白毛門、笠ケ岳周辺を日帰りで狙うことで落ち着いた。てなわけで、計画書なしで(長谷部に電話入れて)でかけました。
日時:2004年4月3日
天気:曇り時々晴れ&雪&雨
参加者:縣、たみや
活動:土合→白毛門→笠ケ岳→ウツボキ沢1300m→笠ケ岳の派生尾根1650m→ウツボキ沢1300m
→笠ケ岳手前の鞍部→赤倉沢→湯檜曽川→土合
土曜中は天気が持ちそう、早起きして時間との勝負だ。あの縣君が5:00に目覚ましをセット。最大の難関の早起きをクリアーし6:30土合を出発。
東黒沢経由は今年の小雪では使えないので、悪名高いばか尾根をシートラーゲンで進む。ここは最初89年4月に計画して悪天で取りやめ、次に96年2月堀米君と計画してまたもや悪天で取りやめと、僕にとっては因縁付き。今日は埋まらないが、アイゼンは不要のベスト状態で、快調に進めた。
なんと10:00過ぎには笠ケ岳に到着。天気はいま一つで、ガスに囲まれると、斜面がわからなくなる程。雪もちらついている。山頂からガスで視界の無い中、そろそろとアイスバーンの斜面を降りた。
ガスが立ち込めていたのは上部だけで、中間部からは雪も緩み気持ちよく滑る。こうなると止められる二人でない。1300mまで滑った後、笠ケ岳の北側から南西に向かう広い尾根に目をつけ視界のよい1650mまで登り滑った。最高のザラメの無立木斜面。これで山頂の大斜面を逃した無念感は払拭。堀*勝が広河原をベースにここを滑った後しばらく、宝川!、宝川!と語っていたわけを納得。今回はこんな天気なんで、これで帰るが、次は大烏帽子だ。二人の頭はナルミズ沢の大斜面を滑る妄想でぱんぱんに膨れている。いつもそうだがシール登りは回を重ねるごとにつらくなる。3回目はきつかった。へろへろで笠ケ岳手前の鞍部に戻る。ここから沢の宝川集中の時、元気物グループが下降した赤倉沢を滑る。一箇所、滝が出ていたが、うまく避け、快適に高度を下げる。ザラメでデブリがほとんどない快適な斜面が湯檜曽川まで続いていた。
標高差1900m、登り返し2回、早起き勝負がうまく行き、充実した一日だった。日曜は上州武尊のつもりで、移動し朝を向かえたが、雨混じりの雪が降っていたので、朝から温泉に入って帰宅した。
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35.白馬乗鞍岳・小日向山  *縣(直)、縣(や)
白馬乗鞍岳は快適なスキー、小日向山は静かなスキーを味わえました。
もう春スキー後半といった感じでした。
白馬乗鞍岳
日時:2004年4月10日(土)
行程:栂池自然園〜白馬乗鞍岳(往復)
移動高が張り出していい天気。栂池から往復のコースは前回、やよいスキー靴を私が忘れてしまって行けなかったコースである。中間駅に朝ついた。ゴンドラは08:00から開始。9時ごろ上り始め。おじおば蓮華ツアー組やボーダー組みが大勢いる。晴れて日差しが暑い。13時ごろ乗鞍岳山頂。雪倉岳が見える。うーん行きたい。風が少しあるが少し昼寝して1400ごろ出発。大勢滑って斜面が荒れているので、以前パウダーの時期に滑った斜面よりさらに北に回り込む。少し下ると緩めの斜面が広がり、そのさきには妙高が見渡せる。斜面もザラメぎみになり大変気持ちよい。天狗原からは重い雪に変わり、スキー場へ下った。
(来島温泉、、泡が付く鉄っぽい400円)
小日向山
日時:2004年4月11日日曜
行程:二股〜林道分岐〜北東尾根〜山頂〜夏道コル〜猿倉〜二股
二股の林道近辺に雪はなかった。南面は雪がなさそうなので道路沿いにいくことにした。4/29か30に開くようだ。朝方スキーヤーが自転車に乗って走っていった。うらやましい。一回やってみたい。0630ごろ出発。担いで歩くが途中から林道脇の雪をつかってシール登り。ラッセル車がとちゅうに置いてあった。しばらくして林道がひだりにでてきたのでそこから北東尾根をへて山頂へ向かうことにする。ただ雪がシャリシャリでかなりの湿雪ラッセル。急登りをへて12時山頂へ。唐松谷がよくみえる。鑓温泉も入れそう。反対側の金山沢をすべっているのが見える。景色を堪能していよいよ滑り始めるが、、重い。かなり重。ターンしてもそのまま止まってしまう。トップを浮かせてテールでなんとかすべる。林間の方がずれてくれて滑りやすかった。冬に落っこちた雪の割れ目はもうとけて平らになってた。そのまま林道を行き、雪が切れたところで背負って下山。
松本城のサクラ見物&メーヤウカレー後、帰京。
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36.守門岳・袴腰  *堀、勝又
週末は土曜日に守門岳、日曜日に浅草岳と充実の2日間でした。守門岳はRSSA小森氏が発見した破間川源頭の素晴らしい斜面、浅草岳は長大な早坂尾根と湿原からの雄大な景色。どちらも足の揃ったメンバーで非常に楽しかった。
・日程 : 4月10日(土)・日帰り
・天候 : 快晴(移動高のど真ん中)
・参加者 : 堀、勝又
・山名 : 守門岳・袴腰
・ルート
  五味沢〜下黒姫沢〜山頂〜破間川892付近〜稜線1328〜下黒姫沢〜五味沢
・概要
  下黒姫沢沿いの林道を探すのに迷っていたら、入山が9時になってしまい、  稜線に着いた時には1時を過ぎていた。破間川源頭を滑ると稜線まで約400登らなければならず、滑るかどうか少し  迷ったが、その素晴らしい斜面を目の前にしたしまったら、滑らずには帰れない。山頂直下約200の急斜面を辛うじてシールで登り切り、大きな三角形の斜面の頂点に立つ。守門岳本峰側にはナイフリッジが続いており、本峰から袴腰まではかなり時間を食いそう。袴腰に登るなら、下黒姫沢が正解だろう。
山頂から北東尾根を僅かに下りたところから破間川源頭に滑り込む。気温が高く、締まったザラメとはいかないが、浅いシャーベット状の雪に2本の中回りシュプールを刻む。気持ちいい!やっぱりスキーは春のザラメだ!650位滑ったところで斜度がなくなり、源頭滑降終了。滑ってよかった! 稜線1328に向かう尾根をシュプールを眺めながら登り返す。袴腰から黒姫までの北面一帯はブナの尾根が美しく、黒姫からの斜面も滑ってみたくなる。1328まで約1時間で登り、上黒姫沢の源頭斜面(ここも大きな斜面)を滑ったところから一気に下黒姫沢源頭までトラバース。ブナの尾根も広い下黒姫沢も快適に滑り、あっという間に五味沢に戻った。 今回のルートは標高差約1600。大斜面滑降、沢の滑降、ぶなの尾根、と変化があり、眺めもよい。浅草岳や守門岳本峰に人気を奪われている為か、シュプールは全くない。穴場的好ルートだろう。
下黒姫沢沿いの林道はムジナ沢の橋と洞窟風呂のある除雪終点の間、非常にわかりにくいところに入口がある。破間川を渡る橋は橋全体が5cm位に水溜まり(小川)になっていて、駆け足で渡りきらないとブーツに水が浸入する恐れあり。
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37.浅草岳・早坂尾根  *田宮、粕谷、長谷部、堀、勝又
堀*勝又と現地で合流。登りは入広瀬村主催のスキーツーアに混じってピークを目指した。
日時:2004年4月11日  天気:晴れ
参加者:堀、勝又、長谷部、粕谷、たみや
コース:新浅草温泉〜ヤジマナ沢左岸尾根〜浅草岳山頂〜早坂尾根(末端まで)〜湿原 〜破間川左沢左岸尾根〜新浅草温泉
4/11は入広瀬村主催のスキーツアーの日だった。ヘリ組みと歩き組みに別れ総勢300名?が山頂に立ち滑る村の一大イベント。あまりもの人出に驚く。我々はツーアコースから外れた早坂尾根を滑るので、登りは無理せずツアーコースを借用させてもらった。ツアー参加の平均年齢70歳の3人組みと会話したりして楽しい登りとなった。我々は7:30に出発して11:00山頂着。山頂は信じられないが原宿ほこ天状態。ヘリが次から次へと人を上げている。ヘリ組みは若い人が多く、歩き組は年配者が多い。どうした若者しっかりせい。
ここでの長居は無用。軽く腹ごしらえして早々に滑りに移った。これからが我々の世界だ。僕は91年5月以来15年ぶりにここに帰ってきた。緩やかな長い尾根。雪質も良く滑っていると快感物質が全身からあふれ出る。斜度が緩む1200m付近で小休止。ここから先しばらくは下るでもなく登るでもない斜面をそろそろと進む。尾根末端からは破間川左沢の源頭の湿原に滑り込む。ここで開いた沢に降り立ち、乾いた喉を潤す。僕は忍ばせてきた竿を一振り。いきなり地球が釣れてしまい釣作戦はあえなく失敗で終わる。この先は左沢と破間川本流の間の尾根を選ぶ。ここで鱗組が本領発揮。浅草岳の展望を楽しみつつも、倒木を見つけては秋にキノコが出る様を思い浮かべ近づく。キノコがあるはずがないのにしょうがない人達だ。つられててついて来た粕谷に堀君がすかさずキノコ講座。こうしてあやしい人がまた一人増えるのかもしれない。ここではカモシカにも会えた。ここまであまりにも順調で、勝又からこれではパウダーらしくないとの発言が飛び出したが、直後、雪が切れてる難所で僕があわや滑落の尻滑り。やはり何もなしでは済まなかった。僕はウェアを汚してしまった。
ここまで楽しんだのだから後はおとなしく林道を滑ればいいものを、ばかな我々は林道でXCレース。火打で一戦を交えた堀*長谷部は晩飯がかかっているので本気だ。二人はあっという間に僕の視界から消える。結果は着順に堀、長谷部、粕谷、田宮、勝又。長谷部は負けて悔しいと今でもぼやいている。これだけ遊んでも15:30に温泉に戻れた。天候と仲間に恵まれた楽しい春の一日だった。下山後、国道脇でカタクリとフキノトウが取れてさらに満足感がUPした。
(粕谷さんの感想)
@登りで会ったシニア3人組。普段私が病院で接しているのは彼らと同じくらいの年令の患者さん。平地を歩くことさえ難しい患者さんに比べ、あまりの違いにびっくりでした。
A昨日は長かった。スキーもブーツも重く感じた。指先が使えないことで非効率を感じたし、足も痛くなった。テレマークがほしくなった。でもこれ以上激しい転倒が恐い。。。
B鍋倉の写真に興奮+感動!私ったらもしかしてアルペンは完成形?!なあんて。田宮さん、長谷部くん有難うございます。
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38.未丈ヶ岳  *堀、田宮、勝又、縣(直)
火打・澄川に続き、守門・浅草どちらも印象に残るであろう良い山行でした。小森さんの1枚の写真がきっかけで守門に行き、そこから浅草・早坂尾根を眺め、翌日は守門・破間川源頭を眺めつつ早坂尾根を滑る。
その翌週は浅草岳から見えた未丈ヶ岳へ。未丈ヶ岳からは先週滑った守門・浅草が見える。自分にとっての山の面白さはこの点にあると確信した一連の山行でした。今度は未丈ヶ岳から眺めたあの山々へ。GWはもちろん、この一連の山行の続きになることでしょう。
・山名 : 未丈ヶ岳
・日程 : 4月17日〜18日・1泊2日
・参加者 : 堀、田宮、縣、勝又
・ルート:丸山スキー場〜尾根〜山頂〜北面・赤柴沢源頭〜赤柴沢左岸尾根〜山頂(泊)〜セイノ沢源頭〜1376〜仕入沢源頭〜日向倉山〜銀山平
・メンバー: 堀、勝又、田宮、縣
・概要
 未丈ヶ岳は登山的要素の高い山として紹介されているが、今回滑った赤柴沢、セイノ沢、仕入沢の各源頭を含め、滑降向きの斜面がたくさんあり、どれも標高差500mほど楽しむことができる。また、どの沢も見える範囲が全て雪で埋っており、傾斜が緩んでもまだまだ下降できそうだった。標高が低い点を考えると、越後駒周辺以上の豪雪を感じさせる。今回は堀の計画と田宮さんの計画を合わせたかたちで、初日の赤柴沢源頭のあと、2日目は山頂から継続滑降で日向倉山。その後、銀山平まで縦走。とても楽しいバリエーションルートになった。
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39.白馬・金山沢  *長谷部、縣(直)
先週末は強い寒気の到来で、北海道の予行練習になりました。えみっちさんも金山沢を滑りに来ていました。下山後、縣さんには、二俣にデポしておいた自転車で車を回収してもらいました。縣さん、お疲れ様でした。
日時: 2004年4月25日(日)・日帰り
場所: 白馬・金山沢
メンバー: 縣、長谷部
ルート: 栂池ロープウェー〜栂池自然園〜舟越の頭〜小蓮華山手前〜金山沢〜二俣
強い寒気の影響で、前夜は雪。朝は寒くてシュラフから出られず、のんびりと起床。見上げれば稜線から大きな雪煙が噴き出している。ロープウェーとリフトを乗り継いで10:00頃から歩き出す。私が2人分の地形図を車に忘れてしまったので、今日は地図無し。栂の森から栂池自然園を経て舟越の頭へと向かう。所々、重たい新雪のラッセルになった。船越の頭に到着し、稜線の雪の下に縣さんの荷物を埋める。稜線からは雪倉岳が間近に見え、行きたい気持ちが高まる。風に煽られながら小蓮華山に向かって、スキーを外して稜線を移動し、雪庇の無い小ピークから金山沢に滑り込む。雪質は重たい新雪だが、大斜面を2人占めする。振り返れば、大きな斜面に2本の細かいシュプールが見える。もっと贅沢にターンしてもよいのだなぁ・・・、と思った。
金山沢は1箇所だけ(約50m)、デブリで荒れていた。沢の中は、時々、板が急制動して前につんのめる雪質で苦労するが、目の前の斜面に釣られ、休憩もそこそこに滑り出してしまう。そして、標高差1,300m余りをヨロヨロと滑り、白馬沢と合流。合流地点は完全埋まっており、問題なく林道へ上がれた。沢は、堰堤の手前から50m程度、割れていた。林道は中山沢出合の手前まで、スキーで下ることができた。その後スキーインナー靴でロードレーサーに乗り、栂池まで。パンクしたがなんとかたどり着いた。MTBのほうが無難。
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40.GW剱岳(1)(長治郎谷)  *師橋、佐藤(IBM)
・日程:2004年4月29〜5月1日
・メンバー:佐藤、師橋
・ルート
4/29日(晴れ) 扇沢7:30〜室堂10:30〜剣沢BC13:30〜 武蔵谷の1本手前の沢往復
観光客がそれほど多くなく、始発のバスに乗車。雷鳥沢の登りは師橋が遅く、時間を食う。剣沢はテント4,5張で静か。軽く一本滑りに行くが、武蔵谷の手前の沢でお茶を濁す。
4/30日(晴れ) BC8:00〜長次郎谷出合8:30〜長次郎のコル12:00/14:00〜山頂往復〜長次郎谷出合15:00〜BC17:00
一般路を行くか、長次郎を詰めるか迷うが結局剣沢を滑り長次郎へ。長次郎の上部は雪が深く結構なラッセルとなる。人為雪崩が2回もあり、スピードは遅いが、すぐそばを通り結構危ない。コルでアイゼンをつけ、念のためロープもつけ、雪壁を登り15年ぶりの頂上へ。佐藤君は剣は初めてとの事、一応握手。コルからは、登ってきた左俣はデブリだらけなので、トラバースして荒れていない右股へはいる。八ッ峰の裾を豪快に滑りあっという間に出合。BCまでの長い登りは、佐藤君に先行してもらいゆっくり登る。
5/1日(晴れ) BC9:00〜雷鳥沢〜一ノ越12:00〜タンボ平〜黒四ダム15:00
小生の腰や前日の様子から、三の窓往復は無理との判断で下山とする。重荷ながら、雷鳥沢の左側の大斜面、 御山谷源頭、東一の越東面を気持ちよく滑りダムへ。
メジャーすぎる山ではあるけれど、やはり大斜面を豪快に惜しげもなく滑る気持ちよさは捨てがたい。腰の具合を見ながら恐る恐る登り滑ったが、佐藤君の気遣いもあり、何とか大丈夫ではあった。
尚、以前休みだった、大町の怪しげな「やまや」食堂は開いていて、小生の友人の兄嫁が切盛りしていた。たらの芽と「もみじがさ」の天ぷらをご馳走になった。機会 があったらどうぞ。
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41.GW北海道・知床(概略)  *田宮、長谷部、(牧野)
3日間動ければ成功かなと、控えめに捉えて出かけた。ところがどっこい、連日好天に恵まれ総滑走標高差は7000mに達した。各山は半島に沿って位置し、登ってゆくと右、左に海が見えてくる。東にはロシア(国後)の山々が手に取るように見えるではないか。チャチャヌプリでスキーができれば素晴らしいなーと夢は膨らむ。こんな経験はここでしかできない。
いつも午前中はガスの中だったので、熊が目の前に現れるのでは?と少しびびりながらの登山。特別な対策はしなかったが、飽きるほど笛を吹いた。これまたいい経験だった。お陰で?熊には会わず。
この一週間で知床の陰の面も見えた。山頂まで暴走するモービル。これには正直あいた口が塞がらなかった。世界遺産登録のため斜里町、羅臼町では狩猟が完全規制されたそうな。おかで鹿が大繁殖。鹿が道路を我が物顔で歩く姿は湾曲された自然でしかない。知床峠にはワゴン車でスナックを売る店まである。白神、屋久島でも世界遺産の負の効果が取り立たされているが、ここ知床の問題は論外に思えた。
4月29日 移動&買出し 快晴 
網走市内で買出し、斜里岳南側の林道チェックの後岩尾別に向かう。ホテル地の果て(木下小屋)脇の野湯に浸かった後、開通前の知床五胡へ向かう道路脇で幕営。牧野さん50歳の誕生日と、明日からの活動の成功を祈りささやかな宴。
4月30日 羅臼 標高差1500m  曇りのち晴れ
標高250mの木下小屋から羅臼岳往復。牧野氏のみ真のピークに立つ。我々は前衛峰まで。山頂付近は、氷化したシュカブラを砕くように登下降、不思議な経験だった。鞍部から極楽平までは快適滑降。
5月1日 サシルイ 標高差1500m 曇りのち晴れ
途中まで羅臼と同じルート。山頂では対面の沢を異国、国後の山々見ながら滑る。気分は最高。山頂付近では昨年秋?から冷凍保存されていたコケモモを拾い食べる。美味。
5月2日 海別 標高差1500m 晴れ
歩き出し地点は畑?。途中、鹿柵に阻まれるも登り越える。山頂では許しがたいモービル軍団に遭遇。滑りはここも最高。ここでもコケモモが食べれた。
5月3日 知西別 標高差 600m 曇りのち雪
知床横断道路が10:00〜15:30のみ開通で、時間制限の範囲で登り滑った。天気大荒れの前兆で超強風。適度な斜度の斜面なのに下から吹き上げる風で下れなくなった。
5月4日 大荒れの天気のため沈殿
3、4日は斜里郊外のライダーズ・ハウス”クリオネ”に泊る。24時間入れる温泉付きでなんと一泊¥1000。蒔きストーブが使い放題だったので、海鮮鍋と海鮮焼きを堪能。ちゃりだー、ライダーとの交友も楽しかった。
5月5日 斜里岳 標高差 1500m 曇りのち晴れ
下部が枯沢状態の一の沢は標高300mまで雪が繋がっており、うまく進めた。途中一本沢を間違えるも問題なく登頂。ここでもモービルに遭遇。斜度のあるニの沢の滑降は快適だった。下山後、牧野氏を女満別空港に見送り。この後、ジンギスカンをたらふく食べた。
5月6日 藻琴山 標高差 400m 晴れ
たみやの思い出の山に登る。1987年3月、美幌峠でXCスキーを初体験。これが今の自分の原点?この時、何気に撮影していた山がこの山。ここは6:00から登り8:00には降りてきた。だけ樺の疎林のいい山だった。沢山のスキー向きスロープがある山なので、チャンスがあればまた来たい。
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42.GW北海道・道東周遊(詳細)  田宮、*長谷部、牧野  〜羅臼岳、サシルイ岳、海別岳、知西別岳、斜里岳、藻琴山〜
遅くなりましたが、GWの北海道シリーズの報告です。連日、会心の滑りでした。
1.羅臼岳
日時: 2004年4月30日(金)
天候: 晴れ時々曇り
メンバー: 田宮、長谷部、牧野(RSSA、ブナの会)
ルート: 木下小屋(7:50)〜極楽平〜羅臼岳ニセピーク(12:50)〜極楽平(15:00)〜木下小屋(16:30)
木下小屋から極楽平までワイルドな夏道沿いを進む。夏道のある稜線上は雪が無い為、稜線直下を延々とトラバースする。ヤブにてこずり、極楽平まで意外と時間がかかった。極楽平を横切り、台地状の尾根に取り付く。鞍部に着く頃には完全にガスに包まれたが、最後の登りに取り掛かると一気にガスが晴れ、知床の山々を見渡すことができる。半島にはスキー向きのスロープを持つ山が連なっていた。山頂付近には知床独特のものと思しき、横向きに伸びたツララのような透明チビ氷柱エビの尻尾が斜面に広がっていた。斜度の変わり目には、折れたチビ氷柱が玉砂利のように溜まっている。氷柱を蹴散らしながら歩くと、時折、透き通る音が響いて楽しい。田宮さんと私はニセピークで満足してたため、ニセピークで折り返したが、牧野さんは羅臼岳山頂を踏みに行った。そしていよいよ鞍部から台地状の尾根を滑降。オホーツク海、知床五湖を眺めが素晴らしい。振り返れば、ガスに包まれて見えなかった羅臼岳が聳えている。雪質はガスに包まれていたおかげか、快適なザラメ雪。会心のターンが次々と決まった。極楽平に到着する頃には湿雪に変わった。
後の山行でも気づいたことだが、知床で滑って快適な雪は、標高700〜1,300mにあったように思える。朝には見えなかった三ツ峰、サシルイ、硫黄岳を眺めつつ、明日のルートを相談し、再びヤブの中へ突入し、下山。夜には牧野さんの50歳の誕生日をささやかにお祝いした。
2.サシルイ岳
日時: 2004年5月1日(土)
天候: 曇りのち晴れ
メンバー: 田宮、長谷部、牧野(RSSA、ブナの会)
ルート: 木下小屋(7:00)〜極楽平〜三ツ峰との間の鞍部〜サシルイ岳山頂(12:30)〜サシルイ岳南面滑降〜三ツ峰との間の鞍部(登り返し)〜無名沢滑降〜極楽平(登り返し、15:30)〜木下小屋(16:45)
滑降標高差: 1,500m
サシルイ岳には岩尾別から沢を使ってアプローチしたいところだが、主要な沢は水が出ているため、結局、極楽平を経由することにした。昨日のヤブ帯をショートカットするために、じわじわと標高を上げる。途中、雪のついていない細尾根に阻まれ、630付近の稜線に登らされた。ちょうど、そのあたりからはハイマツ混合の密なヤブが続くところ。しかも昨日より雪が減っており、ヤブが一層濃くなっていた。ここは木下小屋から忠実に沢底を詰めるのが正解なのだろう。ガスの中、磁石を頼りに極楽平を北東に進み、沢状の地形を目指す。
この沢は意外と深く、横向きに一歩ずつ、急斜面を降りて沢底から稜線へ。結果的には、鞍部まで沢沿いに尾根を登ってしまっても問題ない沢だった。間もなくガスは綺麗に晴れ、日差しが痛いほどの快晴に。鞍部は所々、雪が着いていない部分があったが、板を外さず突っ切る。稜線にはコケモモが残っており、つまみ食いしながら登る。稜線からは国後島の山々が見渡せ、また、サシルイ岳の山頂にも羅臼岳で見た透明チビ氷柱状エビの尻尾が広がっていた。知床半島の羅臼側には気になるスロープがいくつもあった。快晴の下、山頂付近から南面、南東面に滑り込む。最上部はアイスバーンだったが、すぐに再び上質のザラメ雪に変化。広大な緩やか斜面を、国後島に向かって滑っていく。今日もノリノリでターンを繰り返す。そして三ツ峰との鞍部に向かって登り返し、沢状の地形に滑り込む。ここもオホーツク海を眺めながら滑降できる快適斜面が続く。
連日の会心の滑りに大満足。極楽平に上がる場所を探しながら下っていくと、地形図には載っていない滝にぶつかった。そこで板を外し、つぼ足で極楽平に上がる。極楽平から通いなれたヤブの中へ向かい、木下小屋につながる沢を滑って下山した。
3.海別岳
日時: 2004年5月2日(日)
天候: 晴れ
メンバー: 田宮、長谷部、牧野(RSSA、ブナの会)
ルート: 海別川右岸の畑(7:15)〜右岸〜海別岳山頂(12:15)〜海別岳南東面滑降〜山頂(登り返し、14:15)〜海別川滑降〜左岸〜420mで渡渉〜右岸〜林道(渡渉:199x年の崩壊以来、橋は無い、16:15)
滑降標高差: 1,500m
海別川沿いに堰堤まで伸びる林道に架かっていた橋199x年の崩壊以来、架け直されていないままだが、
モービル対策になるから、架け直さないほうがよさそうだ。海別川の右岸を進みたいため、畑、植林、鹿柵を越え、廃道化した林道を進む。標高400mあたりから尾根にあがり、立派な松林を歩く。尾根にはモービルのトレースがあり、ゴミが散乱していた。切ない気持ちでゴミを回収した後、さらに尾根を登る。
海別川の源頭と足元のコケモモによだれを垂らしながら山頂へ。山頂からは、まず、斜里岳を望む南東の沢に滑り込む。またしても最高の滑りで、皆、歓喜の声を上げながら滑った。雪質が悪くなったところから登り返して、再び山頂へ。「会心の滑りをした後は登り返しのペースが上がる」という牧野さんはサクサク登り返していた。2度目の山頂を踏み、沢ルートとしては屈指の地形と思われる、海別川の源頭に滑り込む。穏やかな地形が続く素晴らしいルートを気持ちよく滑ることができた。そして標高500m付近から牧野さんは左岸沿いにこだわり、先頭を進んでいくが、途中で急斜面に阻まれ、右岸へ渡渉。林道沿いに下り、昔、橋があったと思われる場所で再び渡渉。さらに林道、畑を滑り、下山した。渡渉も楽しい。
4.知西別岳
日時: 2004年5月3日(月)
天候: 曇りのち雪
メンバー: 田宮、長谷部、牧野(RSSA、ブナの会)
ルート: 見返峠(11:00)〜知西別岳(稜線まで、13:30)〜見返峠(15:00)
滑降標高差: 600m
3日から4日にかけて荒天との予報。天候が崩れるギリギリまで時間を使おう、と前日に開通した
知床横断道路から知西別岳を目指す。見返り峠の道路脇に駐車し、そこからシール歩行。羅臼湖は凍結していて、突っ切ることができた。強風を避けながら沢を詰めていく。もうすぐ稜線といったところから、風が吹き荒れ、雲が下がってきた。吹き付ける風に押されて、急斜面をグイグイ直登する。稜線に出ると、風はさらに強まり、何度もバランスを崩される。私は稜線に出たところで折り返したが、直滑降の体勢をとっても、吹き付ける風の力でなかなか下ることができないかった。田宮さんは、もう少し頂上に近づいたところから、折り返してきた。牧野さんのみ頂上に向かったため、我々は沢を下ったところで待つことにした。
ツェルトの中で牧野さんを待つこと1時間、その間に荒天域は標高を下げてきて視界が無くなった。
山頂を踏んだ牧野さんは、稜線上でホワイトアウトし、しばらく彷徨っていたとのこと。知床横断道路は15:30で通行止めなので、急いで出発。前々日に知床峠7合目から入山していた人のトレースが冷凍保存されていたので、吹雪の中、そのトレースに沿って知床峠7合目に下山した。この夜、非難していたライダーズハウスの別棟の窓ガラスは風で割れ、また、駐輪場の小屋は吹き飛ばされて被害が拡大しないように、と屋根を破壊しなければならないほどの荒天となった。そして翌日も雨は降り続き、ライダーズハウスの薪ストーブで
暖をとりながらの停滞となった。日焼けでボロボロになった顔の皮膚を休めることができて助かった。
5.斜里岳
日時: 2004年5月5日(水)
天候: 曇りのち晴れ
メンバー: 田宮、長谷部、牧野(RSSA、ブナの会)
ルート: 斜里岳林道常磐線入口:除雪終了点(6:00)〜一の沢〜1250直下〜天狗池〜斜里岳山頂(11:30)〜一の沢源頭滑降〜山頂直下(登り返し、14:00)〜二の沢〜一の沢〜斜里岳林道常磐線入口(16:00)
滑降標高差: 1,500m
霧がかかり、熊が出そうな雰囲気の一の沢から入山する。昨日の雨の影響なのか、雪から水が湧き出し、沢の雪の上を流れ、雪に沁みて水の流れが消えるという、不思議な風景を見ながら歩く。途中、自分が食料を忘れたことに気が付いて驚いた。田宮さん、牧野さんにおやつを分けてもらった。仲間が居てよかった、感謝、感謝。清岳荘跡?を過ぎると間もなく一の沢と二の沢との分岐となる。地形図を見ると分岐を少し行ったところから、右岸のわずかな急登を経て、本流を詰めるはずだが、それらしい場所には気がつかずに直進。
すぐに本流を外したとわかったが、そのまま1250に向かって登り、途中から天狗池に向かってトラバースした。天狗池に到達すると、雲の上に出た。目の前に広がるカール一面には、モービルのトレースが刻まれていた。北東斜面から上がってきているようだった。ここでもモービルの落し物を見つけたので回収した。足元に広がる雲海を見ながら山頂へ。山頂で握手・記念撮影の後に、一の沢源頭を天狗池あたりまで滑降。大斜面を好き勝手に滑った後、登り返して頂上直下から二の沢に滑り込む。私は既にシャリバテ気味だったが、滑り出すとすっかり忘れて楽しく滑降。高度が下がると雪が重くなるが、斜度のおかげで気にならない。田宮さんは贅沢に直滑降で下っていた。そして清岳荘跡?からは林道、一の沢を経て下山した。この日、牧野さんは女満別空港から帰京していった。
6.藻琴山
日時: 2004年5月6日(木)
天候: 晴れ
メンバー: 田宮、長谷部
ルート: 藻琴山キャンプ場(6:10)〜山頂(7:00)〜藻琴山キャンプ場(8:00)
滑降標高差: 400m
藻琴山キャンプ場に駐車し、シールで沢沿いに進む。今日も快晴で、朝の空気がとても心地良く、今回の旅を締めるに相応しい絶好の天気となった。カンバの疎林が広がり、どこでも滑ることができる斜面が続く。
荒天の時でも、パウダーの時でも楽しめそうな地形と植生だ。早朝散歩の気分で、カンバの疎林を抜けるとあっという間に頂上に到着。田宮さんが思い入れのある山への来訪と、今回の旅の成功と、ひとしきり感動をかみしめつつ、記念撮影をした後、お互いのカメラを交換してから連休最後の滑降開始。斜里岳、海別岳、羅臼岳など、この連休中に滑った山々を眺めながら滑り、道東スキーを締めくくった。
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43.GW雪倉岳・猫又岳・朝日岳  *縣(直)、縣(や)
天気に恵まれて雪倉岳、朝日岳+おまけに猫又岳にまで行けて満足。特に雪倉岳は学生の頃、庵谷、清宮たちと目指して敗退した山なので10年越しのリベンジができてよかった。
日程:2004年 4月29日(木)〜5月4日(火)
山域:北アルプス(長野県) 雪倉岳 猫又岳 朝日岳 テレマークスキー
4/29 栂池よりゴンドラで入山ロープウェイで栂池自然園0940、船越の頭1430、小蓮華山下1600でテント泊
先週の長谷部君のデポによって楽になるかと思ったが、風がかなり強く、やよいがばてて小蓮華山に届かなかった。晴れていたが夜は強風でテントが何度が持ち上げたれた。栂池自然園から直接小蓮華山に向かえばシールも使えて時間短縮できたか。途中また菊池さんらしき姿を見かけた。(本人でした)2700m付近で夜を過ごしたが暖かくてダウン上下+夏用シュラフで十分寝れた。
4/30 0700テント出、雪倉岳避難小屋泊1140 (直)雪倉山頂から東面往復 小屋1530
今日も晴れだが風が強い。三国境には風がよけられる所でテントが張ってあった。やよいの調子が悪く、ペースがあがらない。柳又源頭は次回にまわして稜線沿いに雪倉岳避難小屋へ。小屋内には雪があったが風が防げてほっとする。白馬主稜線からきた2人組はダブルアックスだがスノートレックとスキー背負っていた。海へ縦走するソロの人はスノートレック。どちらもオススメとのこと、焚き火&スキーに使ってみたい。軽装にして雪倉岳に登り、直のみ東面を滑る。快適な斜面で止まれず、つい2080mまで標高差530m下ってしまった。
5/1 0700小屋から雪倉岳東面往復1000。北面〜燕平1215〜赤尾谷上部でBC1315。
帰路のゼンマイ池上部の乗越し1540を偵察1630
雪倉岳山頂に登り、山頂から東面を空身で300弱すべる。朝なので誰もいないし、やはり快適。雲海に向かっての滑りを堪能していたら雲海が上がってきてあせって山頂に登り返し、北面に移動する。重荷を持っての滑りはつらい。3回のザック転がしで乗り切って、白高地沢へむかう。ペースがあがらず大ナル谷へいくのを諦めかけていたが、調子が出てきたので行くことにする。燕平に出ると正面に大ナル谷、ナル谷が見える。なかなか迫力がある、楽しみな斜面だ。小さな水場がでていて、出たての行者にんにくがたくさんあって興奮した。BCに早めに着いたので帰り道を偵察に朝日岳の鞍部に向かう。朝日岳の南面がよさげに見えた。
5/2 0540BCから赤男谷下降 柳又谷横断0700 ナル谷0810〜大ナル谷経由で猫又山1050、
オレメント谷上部2135往復。1200/1300 BC1640
朝早く4時半に起きてアイスバーンの赤男谷を300下る。そこから約1000の登りだ。柳又谷ほぼ出ていたが、一箇所ブリッジがあった。崩れないかとドキドキしながら渡りきると、ソロの人が滑り降りてきた。白馬から稜線沿いに清水岳をへてきたという。猫又のアプローチとしてクラガリ峡を下るルートは厳しいのでダメ、
あとは今回のルートか清水岳ルートを検討していたので興味があったが、ブュッシュがかなり出ていて滑りずらいとのこと。行かなくてよかった。ナル谷乗越からは大ナル谷の広いカールを行く。上部にカモシカが横断しており、そこからすぐ上が猫又山の頂上だった。広い頂上に立つと、剣、別山、立山が見える。大きな真砂沢や池平尾根もよさそう。猫の踊り場方面に広がるオレメント谷の大斜面に目が行ってしまい、200ほど滑る。
もっと滑りたい。登り返すと別の人が一人登って来ていた。この人は帰り赤男沢ぞいの水流脇の行者畑に一人ツェルト張っていた。そこなら行者にんにく食べ放題だし焚き火もできていいかも。いよいよ大ナル谷の滑降だ。1300で雪が重い。でも朝日を正面にみてカールを滑るので気分は良好。白い重湿雪をさけながら、ザラメを滑る。あっという間に沢に着き対岸に戻るといい具合の行者にんにくが一面に出ており夢中で収穫する。ちょっと忠さん状態。途中で水を補給してBCに着く1640。ちょっと疲れたが目的を果たせて充実した一日だった。5/3 0630BCから朝日岳南部のコル横に荷物デポ0850。
南面から朝日岳1040をへて北面1130を往復1210。
南面から白高地沢上部1300へ合流、瀬戸川橋1442、蓮華温泉へ1645
偵察しといた通りに朝日の鞍部へ。荷が重いのでデポして軽装で南面を登る。結構急であせる。朝日岳頂上は風が強かったが、富山湾がみえてよい。白馬小屋からきたハイテンションのグループに写真とってもらう。 3月の蓮華温泉、犬が岳小屋の二泊三日コースはいいですよ、とのこと。楽しそうに話すから行きたくなる。おじさんただものではない。頂上から北面の滑降はすばらしい。白高地沢源頭の大きなカールに滑り込む。
330あっという間に滑る。快適。これで雪倉、猫又、朝日のカールは滑った。長栂山と五輪山のカールも予定していたが、傾斜がゆるすぎていまいちだろう。ここはクリアしなくてもまあいいや。とにかく長年の課題を滑降できてよかった。1時間ほど登り返してると雨が降ってきた。いそいで南面へ向かい、雨の中急斜面を下る。
荷物を回収して鞍部から白高地沢左又を滑り込む。沢床はいいところだ。朝日の東面もいけてそう。大雨の中、溝溝斜面をこえ瀬戸川へ。ずぶぬれになって橋から登り返し、やっと蓮華温泉へ。長いルートだ。蓮華から日帰りで朝日にいくのはきついだろう。5じ過ぎてたがダッシュで仙気の湯へ、ふー、いい湯。
5/4 0830振り子沢より天狗原1200 栂池ゴンドラ駅1330 下山。
雨の中、テント撤収。振り子沢登り返し。朝日岳のおじさんは振り子沢登り返しは2時間といったが3時間半もかかった。ガスのなか天狗原から滑る。斜面は雨溝だらけで栂が起きだしてきてもう滑るのは厳しいか。雨の中栂池に下山した。温泉&グリンデルで終了。
装備について
ガス:沢の水が使えた為、ガス缶大1のみ使用、少し残った。
アイゼン:暖かかったので使用せず。クトーは使用した。
寝袋:夏用シュラフ+ダウンインナー上下で十分
テント:小蓮華岳稜線では強風にまけず助かった。ツエルトだと半雪洞にしないと吹き飛んでダメだろう。
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44.袖沢源流(御神楽沢・ミチギノ沢・中門沢)  *堀、勝又
GWの計画は会津駒ヶ岳周辺と丸山岳周辺の2本立てだったが、丸山岳は入山口である会津朝日岳周辺の偵察をGW前に行なえなかったことから、米味噌山行の第一弾として、情報量の多い会津駒ヶ岳・袖沢源
流に行くことにした。袖沢の本流である御神楽沢の滑降に始まり、沢沿いのブナ林の台地をベースに3泊4日。袖沢支流の滑降、釣り、焚き火を楽しむことができ、春山スキーにおいても米味噌山行が可能であることを確信できた。今回はまだ自信ががなく、生米と調味料の他にα米(五目ご飯)を持ち込んでしまったが、これは余計だった。
4月29日(晴れ) 移動〜会津朝日岳登山口等の偵察
会津朝日岳周辺の積雪状況を確認する為、登山口まで行ってみる。登山口は北面にも関わらず、積雪が少なく、また周辺の山々も黒々している。このあと4日間は好天が続きそうなので、途中敗退は避けたい。GW前半は手堅く会津駒ヶ岳周辺に行くことにして檜枝岐に移動。しかし、南面である駒ヶ岳登山口は会津朝日岳の登山口よりも雪が少ない。丸山岳でも良かったか? 流動的計画ゆえの苦悩。
4月30日(晴れ) 檜枝岐〜会津駒ヶ岳〜御神楽沢〜ミチギノ沢出合BC
駒ヶ岳から御神楽沢を下る。これは1つの賭けだった。目標とするミチギノ沢出合は標高約1000mと十分だが、御神楽沢はそこまでの流程が長く、流域面積も大きい。三岩岳からミチギノ沢を下る方が無難だが、袖沢の本流である御神楽沢をスキーで下れるところまで下ってみたかった。駒ヶ岳山頂から針葉樹林を避けて滑降を開始。連休前に降った雪で今一つスキーが滑らないまま傾斜が緩くなってしまい、少し期待外れの源頭滑降終わったが、その後、滝が出ている部分を小さく巻いてはU字形の沢底やブナ林の台地を快適に滑降する。そうして1120付近までは順調に下ることができたが、以後は予想通り、ほぼ完全に沢が開いており、ポイントとなるところでスノーブリッジが架かっていなければスキーでの行動は不可能となる状態。右岸、左岸と台地上の地形を繋ぎながら、どうにかスキーを脱ぐことなく進み、ミチギノ沢出合を目の前にする。最後の難関は小規模なゴルジュ帯の通過。左岸の台地から右岸に渡る為、ここで初めてスキーを脱ぐ。ここからミチギノ沢出合まで右岸の雪が繋がっているのが見え、雪代で白波を立てて流れる谷底を覗き込みながら恐怖のトラバース。ミチギノ沢をスノーブリッジで渡り、ようやく出合に到着。出合はBCにはちょうど良いブナ林の台地になっていて、ツエルトをしっかりと張った後、勝又は焚き火の為の芝刈りに、堀は夕食の為の岩魚釣りに出掛ける。出合周辺ですぐに数匹の岩魚を釣り上げ、夕日がまだ明るいうちに、雪上の焚き火と塩焼きと岩魚汁で御神楽沢の完全滑降を祝った。
<登高高度 1,200m 滑降高度 1,120m>
5月1日(晴れ) BC〜ミチギノ沢〜三岩岳往復
1日目の御神楽沢滑降は通常のスキーで考えれば完全に下り過ぎで、積雪状態と工程の長さからエスケープルートには使えない。エスケープルートを確保する上でも、2日目は安全に登下降できそうなミチギノ沢から三岩岳を往復することにする。ミチノギ沢の下部は沢が深く、流れも出ているため、右岸のブナの台地を
利用して進む。途中、ブナの大木に切り付けが多く見られ、中には大正時代のものまであり、ちょっとしたタイムスリップを楽しむ。ムジナ窪沢出合をスノーブリッジで渡り、平坦な尾根に取付き、ブナの大木の影を落とす雪面を気持ちよく歩く。そのまま尾根を進み、少し急な斜面を登るとミチギノ沢右俣の大きな斜面の上に出る。針葉樹の低木帯を少し歩き、夏道の尾根が合わさるあたりで視界が開けるとすぐに山頂。山頂からは北の山々が見渡せ、次なる米味噌山行に思いを馳せる。下りは登ってきた針葉樹林を抜け、ミチノギ沢右俣に滑り込む。大きな斜面を一気に滑り、登路のブナ林の尾根に合わさる。右俣との合流点で試しに竿を出してみるが、8寸程度の岩魚1匹のみで、BCに戻り改めて出漁。本流の方が岩魚が大きく、尺ものをゲットしBCに戻る。カタクリ入りの岩魚汁と白いご飯。焚き火を囲んで幸せな夕闇を迎える。
<登高高度 1,060m 滑降高度 1,060m>
5月2日(晴れ) BC〜御神楽沢左岸尾根〜中門岳〜中門沢1220まで〜御神楽沢左岸尾根〜BC
焚き火と雑炊で体を暖め、快晴の空の下、中門岳に向けて出発。今日は中門沢の滑降から尾根越えでBCに戻る長い工程。ポイントは中門岳に向かう尾根に何処で取付くかである。BCの対岸へはスノーブリッジを渡って容易に取り付くことができるが、その上の斜面はスキーで登れそうにない斜度であることに加え、標高を無駄に上げなければならない。少し面倒ではあるが、どうにかスキーを履いて抜けられそうな本流左岸を行ってみることにする。2日前に下った右岸よりも左岸の方が傾斜が緩いが、流れの上のトラバースはやはり気持ちのよいものではない。その後、トラバースの緊張から解かれたと思ったら、今度はデブリ帯でスキーを脱ぐ羽目になり、難関を抜けるのに苦労する。たったの数百メートルを進むのに1時間以上を費やしてしまったが、対岸に弱点ルートを発見するという収穫もあり、BCに戻る安全なルートを確保できた。デブリ帯を抜けて安全地帯に出たあと、安定した積雪のある支沢を快調に登り、中門岳に向かう尾根に出る。しかし、ここから山頂までがまた長い。アップダウンを繰返すばかりで、なかなか標高が上がらない。先に見える中門沢源頭の白い斜面だけがモチベーションの源である。やっと最後の登りを迎え、ようやく山頂。2日前に立った駒ヶ岳が目の前に見え、袖沢源流滑降というこだわりで、ここまでやるかな?と自分自身がわからなくなる。そんなことを考えながら、袖沢源流の山々を眺めたあと、今山行のハイライトである中門沢の滑降。2週前に未丈ヶ岳から見たあの白い斜面に飛び込む。この時ばかりは山スキーヤーの頭の中は真っ白になる。大斜面に2本のシュプールを描いた後も程よい斜度の快適な滑降が続き、あっという間に登り返し地点に近づくと、青空と白い雪とブナの木々。サングラスを外し、その冴えわたった風景に見惚れてしまう。登り返し地点でこの風景をゆっくり楽しんだ後、何処までも続くブナ林の尾根を越え、登路に使った支沢を滑降して御神楽沢本流に戻る。夕食の岩魚を調達してから、行きに確認しておいた高巻きルートでBCに戻り、焚き火を囲んで少し遅い夕食。月に照らされて柔らかく立ち上る青い煙を見上げながら今日1日を振り返り、熾火の温もりを感じながら心地よい疲労感に包まれる。頃合いを見計らってツエルトに潜り込むと、数秒で沢音の中に吸い込まれてしまう。
<登高高度 1,350m 滑降高度 1,350m>
5月3日(晴れのち曇り) BC〜ミチギノ沢〜窓明山〜保太橋沢〜夏道尾根〜小豆温泉
最終日の朝、下山を惜しむように焚き火をつつく。あと1日好天があって、あと1日分米があれば。3日間は毎日行動していたので、1日くらいはBCでのんびりできたのだが、、、。次回はもう少し長い山行をやりたいなと思いながら、荷物をパッキング。ミチギノ沢を登り、窓明山を目指す。2日前はムジナ窪沢出合でスノーブリッジをわたったが、スノーブリッジへの下降点のスノーブロックが崩壊しかけていたので、小さく高巻くことにした。2日前に確認してあった1本上流の支沢を利用し、スノーブリッジで本流を渡る。そこでスキーと坪足混成の5人ほどのパーティーと出会う。彼らは三岩岳からミチギノ沢を下り、少し上流にBCを張っているとのことで、こんなところで人に会うことを意外に感じていたようだった。しかし、この山行の直前、雑誌にGWの御神楽沢横断が紹介されていたことを思うと、我々にとっては出会ったのがこの1パーティーだけだったことが幸運だった(地形とこの時期の積雪状態を考えると必然なのかもしれないが)。窓明山への登高ルートを探りながらさらに進み、山頂へ直接突き上げる尾根に取り付く。途中、2日前のシュプールが残る三岩岳北面を眺め、針葉樹の低木帯を抜けると窓明山山頂。ここから尾根沿いに帰るのも勿体ないので、三岩岳から見えた保太橋沢上部を滑る。右岸側斜面にもう少し雪があれば夏道尾根の最低鞍部に登り返せるところだが、今回はあいにく雪付きが悪く、約600m滑ったところから夏道尾根まで約470m登り返す。尾根に出ると坪足のトレースが少しある程度で、駒ヶ岳とは異なり静かな尾根だ。登山道が尾根から外れるところまで滑降し、沢沿いの登山道を小豆温泉に下る。バスを待つ間、ヒッチハイクを試みるが、桧枝岐方面に向かう車が少なく、暗い道に立つ怪しい登山者をなかなか拾ってくれる車がいない。約1時間粘った末、小豆温泉から出てきた山スキーヤーが止まってくれた。同時に檜枝岐に向かう最終バスが止まる気配も見せずに猛スピードで通り過ぎてゆく。翌日、燧ヶ岳に登るという山スキーヤー夫婦のおかげで、桧枝岐に帰りつくことができた。
<登高高度 1,300m 滑降高度 1,230m 下降高度 300m>
<登高高度計 4,910m 滑降高度計 4,760m 下降高度 300m>
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45.鳥海山-1(祓川)
勝又です。
サボっていたゴールデンウィークの報告です。
遅くなってすみません。
会津駒ケ岳の米味噌山行を充分すぎるくらいに堪能してしまった堀・勝又
チームは、もう1つの計画の丸山岳周辺をさっさと取りやめ、一路北を目指した。
勝又にとっては憧れの「鳥海山」。
いつか、いつか、と思っている間に行きそびれていたところだ。

5月4日(雨) 5日(雨)
5月6日(晴れ)
祓川ヒュッテ(1,180)〜七高山(2,229)〜唐獅子平避難小屋(1660)〜登り返し
(2,000)〜祓川ヒュッテ
快晴。まずは王道の祓川ヒュッテから登る。登る。登る。何も考えずに登る。稜線がぐんぐん近づく。行けども行けども目的地に到達しない会津駒の登りを思い出す。のんびりだったが、あっという間に稜線に到着。そのまま下るのではもったいないので、東面を一本。すばらしい大斜面を何にも考えずに滑り降りる。もう少し、もう少しと滑っているうちに唐獅子平小屋まで滑ってしまった。少し登り返してトラバースしようと考えていたが、欲張ってもう一本、と、結局稜線近くまで登り返す。祓川まで大きくゆったりターンをしながら滑り降りた。もったいなくて何度も振り返りながら滑った。

鳥海山の裾野を山菜をゲットしながら明日からのルートを偵察。水を張った田んぼとそれに映る鳥海山がとてもきれいでした。明日は1泊2日で千蛇谷を滑ることにした。
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46.鳥海山-2(千蛇谷)

5月7日(晴れ)
ブルーライン〜御浜小屋〜文珠岳〜御浜小屋(泊)

ブルーラインの鉾立と太平山荘の間くらいから登り始める。たらたらの尾根なので現在地の確認が難しい。赤い旗をたどりながら御浜小屋へ。荷物を置いたあと、夕暮れに合わせて文珠岳に登った。写真展のときの縣さんの写真をイメージして、夕暮れの日本海をバックに写真を撮ろうと計画。粟島もばっちり見えている。稜線で小1時間ほど待ってからいよいよ滑降。表面が薄くウインドクラストする斜面を気持ち良くターン。西へ500mくらい降ったあと、鳥海湖の方へのぼり返す。鳥海湖を横断しなんとか日本海へ沈む太陽を見るに間に合った。
夜は昨日採った山菜料理を満喫。満開の星。

5月8日(晴れ)
御浜小屋〜新山〜千蛇谷〜1,350m付近〜登り返し〜御浜小屋

朝、ゆっくりと小屋を出る。鳥海湖の南側からぐるりとまわり稜線にあがる。千蛇谷へ下り新山へ登る。新山から360℃のパノラマを楽しみ、いよいよ千蛇谷を下る。千蛇谷はどこまでも続く。滑りつづける。ゆったりと大きなターンを繰り返しほぼ真北へと角度を変える1,350m付近まで滑った。200mほど登り返し、稜線にあがる。鳥海湖をまた横断し御浜小屋へ戻る。御浜小屋へ戻ると80歳のツイードのジャケットを着る紳士に出会う。正装で颯爽とカービングターンを決めながら下っていった。早々に帰り支度をして早速、影響を受けた堀さんが、ストック無しで颯爽と?後を追った。この紳士は’名物おやじ’らしいです。

充実の鳥海山。幸いにも連休の真中を外せたためそれほど人は気にならなかった。今回は、前半に会津の山で米味噌山行という緊張感に満ちた山行だったため、後半の鳥海山を思いっきり楽しむことができた。鳥海山のみだったら物足りないものになっていたかも。まったく趣を異にした組合わせのために、鳥海山思う存分楽しめた。連休の最終日は、堀さんがいつまでも山菜を採りたがり、勝又によって阻止されるとそのうちふてくされて寝てしまった。私は1人ゆっくりと、会津の緊張感と鳥海の開放感を思い出しながら東京へ車を走らせた。

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47.剱岳(2)(三ノ窓雪渓)  *師橋、牧野
剣の第2弾、RSSAの牧野さんと三の窓を滑る事に・・・。 田宮、長谷部は一泊で日曜帰京。
・日程:2004年5月22〜5月24日
・メンバー:牧野(RSSA)、師橋、(田宮、長谷部)
・ルート
5/22(曇りのち雨) 扇沢7:30〜室堂10:00〜真砂沢出合
・室堂では外はガス、思っていたより天気が悪そう。地獄谷源頭〜真砂のコルへ登る。快適な真砂沢を出合まで滑り、小屋の真上あたりにBCを張る。時間は早かったが雨もやまず結局宴会モードに・・・。真砂沢下部で、田宮TUA“M3”、牧野TUA“GOAST”、師橋TUA“MITO”(田宮君のクレーム板借用中)をローテーションして試乗会を開催。M3が硬めで返りが良い。
5/23(晴れのち雨) BC7:30〜二俣9:00〜三の窓11:50/12:30〜二俣13:30〜BC14:30
・別山沢を滑り帰京する田宮、長谷部両氏の見送りを受け二俣へ向かう。小生の足元は、前日ツバをつけておいたM3(田宮君ありがとう)。二俣から三の窓までは富山の4名と前後して登る。八つ峰の5・6のコルから落ちる菱の谷、ジャン、チンネ、ニードルを見ながらの登りと滑りは豪快そのもの。牧野氏は、さらに北股から小窓へ回る。小生は雨の中直接BCへ。夕刻牧野氏がずぶ濡れで帰着。
5/24(晴れのち雨〈上部では霰〉) BC7:20〜別山乗越11:00〜一ノ越14:00〜タンボ平〜黒四平15:00
・小窓から白萩川、小黒部から大窓、内蔵助平などたくさんの下山コースをあれこれ考えたが、結局一の越に向かう。牧野氏は御山谷が初めてで行きたいとの事だったが、一の越到着が遅く、あきらめて東一の越
経由、黒部平までで終了とする。下山後大町市民温泉(6月から改装で半年営業中止)に浸かり、松本ブンリンに向かう(時間遅く終わっていた)
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48.剱岳周辺(真砂沢・別山沢・内蔵助谷)  *田宮、長谷部、(師橋、牧野)
関西電力黒部川第四発電所のランクルで護送されてしまった。職員さんごめんなさい。
日時:2004年5月22〜23日
メンバー:長谷部、(牧野、師橋)
天気:曇り時々雨
活動:22日室堂〜真砂のコル〜真砂沢〜真砂沢ロッジ
23日真砂沢ロッジ〜別山沢往復〜ハシゴ谷乗越〜内蔵助平〜内蔵助谷〜黒部川本流〜黒部ダム
22日、出発の室堂はどっぷりとガスの中。その内良くなるだろうと思い、真砂のコルまで登る。長谷部*田宮組は先を急いで、この日中に別山沢を滑ろうと意気込んでいたが、これじゃ急いでもしょうがなく、4名で行動する。この山域は今回で7度目だが、初めて真砂沢を滑る。実に素晴らしい斜面だった。ガスは晴れるが、雨が降り出し、14:30、真砂沢ロッジにつく頃には本降りに。テントに入ると根が生えてしまった。いつのまにか宴会が始まる。夜になると雨脚はさらに強くなる。明日は逃避行かな?と思いつつ、眠りにつく。
23日、5:00起床。雨は上がっていた。三の窓に出かける牧野*師橋組を見送り、我々は別山谷を登る。7:00に出発し、9:30にはコルに到着、別山谷も僕は初滑降。長谷部と奇声を発しながら滑る。テントに残した装備をパッキングして11:00に再出発し12:00、ハシゴ谷乗越着。内蔵助谷の本流に掛かる橋はいとも簡単に見つかった。ここから先、夏道が沢に近づくあたりから板を担ぎ歩き始める。ちょっとした尾根地形がことごとく猛藪で、道が見つからず右往左往。板とテレブーツは邪魔者と化した。3時間半掛けて黒部川本流に到着。本流もごろた石の河原を進むため、時間が掛かる。途中でウドを4、5本ゲット。ダムが見え道がしっかりする場所で、ようやくほっと一息。ここまで五時間休みなし、さすがに疲れた。一休みした場所の足元にエノキの大きな株を見つけ、少し元気を戻す。大変はまだまだ続く。黒部川を渡る橋が半崩壊状態。長谷部はスキーブーツのまま川をジャブジャブ渡り始めた。こんなにブチ切れた長谷部を見たのは初めてだ。ダム脇に辿りつくと、さらなる難関に遭遇。なんとダムへ抜ける店のシャッタが降りてて、行き詰まる。立ち入り禁止の機械室の戸が開いてて、ことなきを得る。18:30、軽く休んでトンネルを歩き始める。湯名な破水帯を越えた頃、ランクルが現れ、大町まで護送された。まさか、まさかの連続。最後はダム脇の店の機械室への無断進入。ダムの無断歩行。大きな声で言えないことだらけになってしまった。
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49.槍ヶ岳(中退)  *堀、勝又
新穂高から1泊2日で槍ヶ岳を目指しましたが、稜線近くはガスっていたので、山菜山行になってしまいました。履かず仕舞いに終わった板とブーツを担いだままの2日間。「滑り納め」ではなく、こんな「スキー納め」もありかなと?
・日程:5月22〜23日・1泊2日
・メンバー:堀、勝又
・山名:槍ヶ岳
・ルート:新穂高〜滝谷避難小屋(泊)〜新穂高
・行動
1日目
 荷物は泊まり装備+スキー板・靴で20kg近い。新穂高から山菜採りをしながら、白出沢まで。もう今日はここまででも良いかという気分だったが、小屋が閉じており滝谷出合まで行く。白出沢から滝谷出合までの登山道沿いは、山菜の宝庫で気が狂う。1日目はかなりセーブし、山で食べきれる分だけの山菜を摘む。重い荷物以上に採りたいが採れない山菜を横目に歩くのが最も辛い。滝谷出合の小屋には暖炉もどきがあり、夕立の雨音を聞きながら豊富な山菜と暖かい焚き火で楽しい夜を過ごせた。
2日目
翌朝、稜線はガスの中。すんなりスキーを諦め、ゆっくりと山菜を摘みながら新穂高に戻ることにする。採れた山菜は初めて採るものを含めて10種。槍まで行っていたら山菜採りをする時間がなくなるので、これはこれで良いか? しかし、ただのお荷物になってしまったスキー板と靴を背負って来るべきだったかは疑問のままだった。少し早い時間に新穂高に着くと同時に雨が降り出す。帰りに「わたなべ」のそばを食べたあと帰京。2晩続きの山菜の宴を楽しんだ。
・山菜10種
  コシアブラ、コゴミ、ワサビ、モミジガサ、ウド、ユキザサ、ヤマソテツ、ヨブスマソウ、タラノメ、フキノトウ
・おいしかった山菜料理
  コシアブラご飯、トウの立ったフキノトウの茎と葉の佃煮
  ヨブスマソウ・モミジガサ・ワサビのお浸し
  ウドと豚肉の味噌炒め、コゴミ・ヤマソテツのゴママヨネーズ和え
  (どれもおいしかった)
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50.富士山(中退)  *師橋、福田(忠)
滑り足りない二人で富士山に行きましたがなんと雪がなく滑れませんでした。八合目まで登り、見上げると上の雪渓も雪が殆どなく、あきらめて下山。今シーズンの締めはさえないものになってしまった。
日程 : 5月30日〈日〉日帰り
メンバー : 忠、師
ルート : 表富士五合(6:00)〜8合目(8:30)往復
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